『お母さん、どうして私は舞っていうの?』
『舞は舞って言う名前が嫌なの?』
『ううん、そんなこと無いよ。ただ、ちょっと気になっただけ』
『舞って言う名前にはね、お母さんの願いが込められているのよ』
母の言葉に、娘は目を丸くした。そして、聞かずにはいられなかった。
『ねえ、どんな願い?』
『ふふふ、それはね――』
私と佐祐理と祐一。三人での同居生活が始まったのは私達が高校を卒業してすぐのことだった。男一人と女二人という組み合わせは少々変わっているらしく、私達が引っ越してきた当初はくだらない噂のタネだった。
それからしばらくすると、噂はパッタリと無くなった。どうやら、祐一や佐祐理の良さをアパートの住人達が分かったらしかった。
天邪鬼なところがあるけれど、とても優しくて、とても頼りになる祐一。
いつも笑顔で、周囲の人に幸せを振りまいている佐祐理。
二人がアパートの人気者になるのに、時間はあまりかからなかった。
住人達はよく部屋に来るようになった。
何かのお裾分けだったり、他愛の無い会話だったり、目的は様々だった。
みんないい人ばかりで、毎日が飛ぶ様に過ぎていった。
そして今、私と佐祐理は社会人一年生。佐祐理とは違うところに勤める羽目になってしまったが、そこの人達もいい人ばかりで新しい毎日を忙しく、楽しく過ごしている。
佐祐理のほうもなかなか楽しいらしく、家でもよく仕事場の話をしている。
でも、最近祐一の元気が無い。理由は一つ――
「ただいま」
祐一が帰ってきた。
「おかえり」
私はそれだけ言って、ふと鏡を見た。自分の顔は、誰が見ても分かるほどに沈んでいる。
祐一の声のトーンですぐに分かった。祐一はまた……
「また駄目だった。なかなか大変なんだな、就職するってのも」
「まだ受けれる所はある。元気出して」
「おうっ」
そう言ってガッツポーズを見せる祐一は、明らかに空元気だった。無理も無い。割とすんなりと就職が決まった私達とは対照的に、祐一はまだ決まっていなかった。
就職氷河期といわれる昨今、祐一の様に就職が決まらない大学生は珍しくない。
すんなりと決まった私達は幸運な部類に入る。
「ま、このまま決まらなけりゃフリーターでもいいんだけどな」
「働かざるもの食うべからず」
「ははは、分かってるって、冗談だ舞」
祐一は最近、無理をしすぎている。夜遅くまで様々な資料に目を通し、たくさんの場所に足を運んでいる。そのせいでたまっていた疲れが、このところ色濃く表れ始めていた。
「ただいまーっ」
玄関から佐祐理の声がした。祐一とは違って機嫌の良さそうな声だ。
「おう、おかえり」
「あ、祐一さんの方が先に帰って来てましたか」
佐祐理は祐一に結果を聞かない。理由は私と同じだろう。祐一の様子や声が、佐祐理にも駄目だったことをはっきりと伝えている。
「すぐご飯作りますから」
そう言って台所へ向かって行く佐祐理に、私は声をかけた。
「暇潰しに、下ごしらえやったから。今日は煮物」
「あははーっ。ありがとう、舞」
「……祐一さん、元気ないね」
「まだ就職が決まらないから」
夕食後、祐一はさっさと部屋に戻ってしまった。就職活動再開、ということだろう。
祐一は、就職に関しては私達をあまり頼らない。あまり無理させられないから、といつも祐一は言う。そうやって自分だけが無理をすることで私達に心配させているのを祐一は知っているのだろうか。
「あ、そうそう。さっきは祐一さんがいたから言えなかったけど……」
「何?」
なんとなく嬉しそうな佐祐理。早く言いたくてたまらないことを隠している子供のような、ニヤついた顔が私の目の前にある。
「舞が前に言ったアレだけどね、見つけたんだ」
「アレ……?」
私は聞き返した後、すぐに思い出した。佐祐理に依頼したこと。それは――
「明日からいいの?場所は?」
「あ、やる気満々だね、舞」
「私は、舞だから」
「……?」
私の言った事を理解できずに、佐祐理はキョトンとする。でも、そんな佐祐理の事などお構いなしに、私の心は弾んだ。
「祐一は、喜んでくれるかな?」
「大丈夫だよ。舞が頑張れば、きっと祐一さんも喜んでくれる」
「うん」
十一月も半分が過ぎようとしている、小雪がちらつく夜のことだった。
「ああ、あなたが佐祐理ちゃんの言ってた舞ちゃんね」
「……よろしくお願いします」
「時間も無いし、結構厳しくいかせて貰うわ。覚悟しなさいね」
「はい」
佐祐理の会社の同僚の奥さんで、佐祐理とも面識があるらしい。
年の割に綺麗なスタイルをしているその人は、今の私に必要な人だった。
「では、始めます。泣き言は聞きませんよ」
「聞かせません」
相手は、ニヤッと小馬鹿にしたような顔をした。私の決意は、どう受け止められたのだろうか。
何も分かっていない、という侮蔑?
小生意気な、という嘲り?
今のうちに笑っていればいい。私の決意は、多少の辛さなどでは揺るがない。
祐一は、もっと大変なのだから……。
「舞、最近遅いな」
「今、仕事が忙しいんだって言ってましたよ」
「大変だな、金稼ぐってのは」
「あははーっ、祐一さんももうすぐそうなるんですよ」
「……そうだといいですけどね」
「祐一さん……」
十二月になっても、祐一さんの就職先は決まりませんでした。
祐一さんの疲れと焦りはますます募っていくばかりです。
それによって生じた苛立ちは、急に帰るのが遅くなった舞へとしばしば向けられてしまいました。
でもそれは、舞がいない時に、愚痴のような形で出てくるに過ぎません。
舞がいる前では決して言わなかったし、いつも最後は「変なこと言ってごめん」と言う言葉が後についてきました。どんなに追い詰められても、祐一さんは周りのことを考えられる、優しい人。
「……ただいま」
舞が帰ってきました。佐祐理は夕食を取りにキッチンへと向かいます。誰がどんなに遅くなっても、連絡が無い限り夕食は三人一緒。三人で決めたルールの一つです。
食事の当番制もルールの一つです。一日交代で三人でグルグルとローテーションすると決めました。
祐一さんは始め焼きそばばかり作っていましたが、少しするといろいろなメニューが顔を出すようになりました。
でも、今は佐祐理が毎日食事を作っています。就職活動が本格的になってきた頃、食事当番から祐一さんが外れました。そして、あの日舞も当番ではなくなりました。必然的に、一人で毎日食事を作るようになりました。
毎日食事を作るのは、結構大変なことです。仕事が終わった後スーパーに寄って帰り、それから食事を作る。仕事で疲れた体には、結構億劫な作業です。
でも、そんな疲れを表情に出すわけにはいきません。祐一さんは毎日必死に戦っています。舞も一生懸命頑張っています。
ちょっとでも疲れた顔をすれば、すぐに食事当番は三人でのローテーションに戻るでしょう。でも、そんなことは出来ません。
祐一さんも舞も、一生懸命頑張っています。頑張っている二人に余計なことはさせられません。
祐一さんと舞のためなら、いくらでも頑張れます。
大好きな二人だから。
いつでも笑っていて欲しい二人だから。
少しくらいの辛さなんて、なんとも無い。
二人の足枷になることのほうが、何倍も、何十倍も辛い。
自分にそう言い聞かせ、毎日を笑って過ごしました。
ふと気付いてみると、もう二十四日。
今年ももうすぐ終わりだというのに、祐一さんの職は、まだ……。
「祐一、今日はクリスマス。今日くらい休んで、パーッとパーティーしよう」
「クリスマス……か。もうそんな時期なんだな」
祐一の疲れはピークに達している。いつもどこか気だるそうにしていて、見ている者全てを疲れさせるような雰囲気を醸し出している。
「ほら、パーティーやって、気分切り替えて、また頑張ろう」
「ああ、そうだな。佐祐理さんが美味しそうな料理作ってるしな」
そう答えて笑顔を見せても、やはり疲れが全身に染み付いている。
「私は……」
「何か言ったか?舞」
「いや、何も」
今日、私の日々が問われる。佐祐理に食事当番を任せ、毎日遅くまで頑張った。
私のことを小馬鹿にしていたあの人に、たいした根性だと目を見張らせた。
それも、全部この日のため。
祐一に、精一杯のクリスマスプレゼントを贈ってあげたい。
「料理大体出来上がりましたよ。まだ少し早いですが、そろそろパーティを始めましょう」
「大体出来上がりましたよって……えっと、これで全部ですか?」
祐一の言葉に、私と佐祐理は目を合わせ、笑った。テーブルに載っているのは大量のシチューだけ。確かにこれだけでは足りないだろう。
「佐祐理さん、俺に何か隠してませんか?」
「ええ、隠してますよ」
「一体何を……」
ピンポーン
チャイムが鳴った。私は玄関へと急ぐ。
ドアを開けると、そこには期待以上の面々がいた。
「舞お姉ちゃん、こんにちは」
「よお舞ちゃん、持って来たぜケーキ」
「呼んでもらってありがとうね」
老若男女、バラエティに富んだアパートのみんなと手に持った料理がドアを開けた私の目の前に待っていた。
祐一には内緒で企画した、みんなとのクリスマスパーティー。
祐一のことを知っていて、祐一を心配していて、祐一を励まそうとしてくれる人達が集まってくれた。
「みんな祐一さんのこと心配してくれてるんですよ」
いつの間にか玄関に来ていた佐祐理が言った。
その後ろにいた祐一は、恥ずかしそうにポリポリと頭をかいた。
私が思っていた以上にたくさんの人が集まっている。あまり広くないこの部屋にこんなに入るだろうか。
そんなことを考えていると、ふといい匂いが私の鼻をついた。
佐祐理が、さっき出来たばかりのシチューを持って靴に履き替えている。
「……佐祐理?」
「あははーっ、ごめんね舞。実は、舞にも内緒のことがあるんだ」
そう言った佐祐理は、訳も分からず半ば固まっている私の横をすり抜け、玄関の敷居を跨いだ。
「今日のパーティーはそこの集会場でやるんだよ」
「は……?」
「来てくれる人が多すぎて、部屋に入りきらなくなっちゃって」
思わず間抜けな声を出し、ほとんど固まってしまった私を尻目に、佐祐理は祐一を促し、私を玄関の外に引っ張り出し、意気揚々と鍵を掛けた。
「何だ、舞ちゃんに何も言ってなかったのか?」
「頑張ってるからびっくりさせてあげようと思いまして」
「佐祐理お姉ちゃんの意地悪ーっ」
「あ、意地悪は酷いな。ちょっとした悪戯なんだから」
ご機嫌にみんなと話している佐祐理を見ながら私はぼんやりと思った。
佐祐理、何処か変わったな、と。
集会場には本当にたくさんの人が集まっている。
今日どうしても外せない用事がある人意外はほとんど揃っているとか。
きっと、私がいない間に佐祐理が相当頑張ったのだろう。
……私も、頑張らないと。
「舞、何考え込んでるんだ?せっかくのパーティーなんだから、楽しまないとな」
パーティーは盛り上がっている。その雰囲気につられてか、祐一も結構楽しんでいるようだ。
久しぶりに見たような気がする祐一の笑顔は、私にのしかかっていた何かをふっと取り除いてくれた。
「うん」
パーティーはまだ始まったばかり。私も、みんなと一緒に楽しもう。
楽しくて楽しくて、あっという間に過ぎていった時間の間、私は一滴も酒を飲まなかった。
「舞、そろそろ準備して」
「……(コク)」
料理はあらかた食べつくされ、上がりに上がっていたテンションが下がり始めていた頃、佐祐理は祐一に聞こえないようにそっと私に言った。
佐祐理の顔は酒でちょっとだけ赤くなっている。一滴も飲むわけにはいかず、ジュースばかり飲んでいた私はそんな佐祐理がちょっと恨めしかった。
私は準備をするため、宴会場を音も無く後にした。祐一には、気付かれていない。
隣にある一室。そこには、願いでもかなえてくれそうなほど鮮やかな水色のドレスがあった。私は、そのドレスに目が釘付けになる。
「待ちくたびれて帰ろうかと思ったわよ」
「もし帰ってたら、一生恨んでるところでした」
「ふふふ、随分気を張り詰めてるみたいね。でも……」
ドレスをに見とれていた私の額に軽い衝撃が走る。
デコピンだ。
「今日は発表会なんかじゃない。上手く出来なくてもいいの。想いを全部伝える媒介に選んだに過ぎないんだから、言いたい事を全部言う事だけを考えてればいいのよ」
「はい。あの……」
「何?」
「今までありがとうございました」
そう言って私は深々と頭を下げた。
その頭の上から、カラカラと笑い声が降ってきた。
「そんなことはいいから、早く行って来なさい。あんまり待たせちゃ悪いわよ」
私は頭を上げ、ドレスを手に取った。思わずうっとりする様な、透き通る様なドレス。
私は手早くそれを着る。自分が使っていたものだと言っていた割には、十センチ以上背が高い私にピッタリだった。
「……行って来ます」
私は部屋を出た。
大勢の人の前で何かをするのに慣れていないからだろう、緊張はしている。でも、気負いは全く無い。
私が宴会場に戻ると、部屋中の視線を一身に感じた。私は祐一の方をチラッと見た。信じられないといった様子で呆然としている。
この中で何も知らなかったのは祐一だけ。驚くのも無理はないと思った。
宴会場に備え付けてある、小さなステージ。私はそこに上り、置いてあったマイクを手に取った。
「祐一」
私はたくさんの人の前に立っている。でも、祐一以外の所に視線は向けない。
「ここ最近、ずっと帰りが遅くなってごめんなさい。もう分かってると思うけど、ずっと踊りの練習をしてたから。心配させたかもしれないから。ごめんなさい」
祐一に反応は無い。私は、一呼吸置いてから言葉を続けた。
「祐一はなかなか就職が決まらなくて、とても辛そうだった。でも、どんなに辛くても、私達を頼ってはくれなかった。それは、優しさから?私達を気遣ってのことなの?でも、それは間違ってる。祐一が辛いと、私達も辛い」
祐一は微動だにしない。ただ、私を見つめている。
「私は、祐一に元気になって欲しかった。でも、就職を決めてあげることは出来ないし、言葉だけじゃ上手く気持ちが伝わりそうになかった。だから、私は言葉以外の方法で気持ちを伝えようと思った。私は下手くそだけど。私の言葉を、想いを、全部この舞に込めるから。どうか、見ていて下さい」
私はマイクを置いた。
前置きの言葉は終わり。後の事は、全部今から伝える。
私は右手を高々と掲げた。静かにメロディーが流れ始める。
それからの数分間を、私はよく覚えていない……。
実際のところ、俺は芸術なんてものに理解が無い。たまにオリンピックの中継なんかで何かを見ても、どれがよくてどれが悪いかなんてさっぱり分からない。
でも。
俺は、舞の舞に心を奪われている。その舞は、俺の何処かにこう語りかける。
『私はあなたに語りかけているんだから。瞬きなんてさせない。呼吸だってさせない。そんなことをする暇があるのなら、私を見て』
俺は何も考えていない。ただ目の前の舞をじっと見ているだけ。それでも、俺の何処かが勝手に全て理解していく。
俺に対する不満。心配。優しさ。
それらが、舞という特殊な媒介によって俺に届けられている。言葉より不明瞭な筈なのに、何よりも鮮明に。
俺は、ピクリとも動けなかった。その代わりに、目の前の光景がコマ送りのようにくっきりと見えた。それは、言葉を全て聞き取るため。想いを全て感じ取るため。
舞は、果てしなく続いた。まるで、俺が焦っていたせいで交わしていなかった数ヵ月分の会話を、今ここで全部取り返しているようだった。
俺はこの舞を見たことが無い。当然、いつ終わるかなんて分かる筈も無いのだが、俺はこの舞が終わるのが分かった。当然だ。俺は、舞と会話しているのだから。
舞は、静かに終わった。
割れんばかりの喚声と拍手が、小さな宴会場に響き渡った。それを合図のように、俺は全身に感じたことが無いような疲労感を覚えた。舞と会話するのは、想像以上に大変な作業らしい。
でも、心はすっきりしていた。俺は一人じゃないと教えてもらったから。今まで一人で悩んでいたのが、バカらしく思えた。
「祐一さん、どうでしたか?」
何時の間にか横にいた佐祐理さんが俺に言う。俺は、迷わずこう答えた。
「疲れました」
「ふぇ?」
俺の言葉が分からなかったのだろうか、佐祐理さんがキョトンとする。
「柄にも無くベラベラ喋りやがって」
「あのー、祐一さん?」
可愛らしく小首を傾げている佐祐理さんを他所に、俺は立ち上がった。今日はもう疲れたから。
「俺、部屋に戻って寝ます。すみませんが、後の事よろしくお願いします」
「え……?あ、はい分かりました。これ、鍵です」
いつの間にか大きめのキーホルダーに変わったらしい鍵を受け取って一歩歩いた所で、俺は佐祐理さんの方を振り返って言った。
「そうだ、忘れてました」
「何ですか?」
「舞に、『ありがとう』って伝えてください」
雪は降っていない。俺は、何気なく空を見上げる。冬の澄んだ空に、たくさんの星が輝いていた。
「そういえば、空を見上げたのなんてどのくらいぶりだろうな」
俺の心は、冬の空よりももっと澄んでいた。
今なら、何だって出来そうな気がした。
だるい体と、すっきりした心を引き連れて俺は部屋に戻って来た。
風呂に入るのは明日でいい。今日はさっさと寝よう。
そんなことを思いながら差し込んだ鍵は、思いがけず思い通りに動いてはくれなかった。
もう一度回してみる。
ビクともしなかった。
「……」
何度も回してみる。
何度やっても結果は同じだった。
「一体どうなってるんですか、佐祐理さん……」
玄関の前に座り込み、俺は新しくなっていたキーホルダーを弄った。何かにやつ当たらないとやりきれなかった。
「あれ? これって――」
このキーホルダー、どうやら二つに分かれるらしい。力任せにやって壊さないように注意しながら、俺はキーホルダーを開いた。
「……紙?」
中には小さな紙切れが入っていて、こう書かれていた。
『引っかかりましたね祐一さん。本物はポストの中ですよ。この調子で就職も引っかかってくださいね』
あまりにも思いがけない激励に俺は苦笑した。疲れているはずなのに余計に歩かされることを嬉しく思いながら、ポストを開けると――
『あははーっ二重トラップですよー』
――なんて書いてある紙しか出てこなかった。
「遊びすぎでしょう、佐祐理さん……」
そこはかとなくだるさの増した体を引きずり、俺は集会場へと向かった。
「じゃあ、いってきます」
「頑張って下さいね」
「……きっと大丈夫だから」
新年が明けて少しした頃。俺は、その年最初の就職試験を受けるため、二人に見送られて部屋を出た。外に出ると、冬特有の低い太陽が俺に燦燦と光を浴びせてくる。
「よっしゃ、決めに行って来ますか」
今の俺なら、どんな大企業だって一発で合格できそうな気がする。
御神籤は大吉だった。
今日はいい天気だ。
そして何より、最高の女神が二人も俺の味方だ。
俺は、決まりきった未来を実現するべく第一歩を踏み出した。
『ねえ、どんな願い?』
『ふふふ、それはね……』
焦らす様に間を置く母。娘はウズウズしながら母の言葉を待っている。
『大切な人が落ち込んでいるとき、その人を励ましてあげてって言う願いよ』
『それと舞ってい
う名前とどんな関係があるの?』
母は、質問攻めを止めない娘の前でニッコリと笑って言った。
『秘密』
『あ、お母さんの意地悪ーっ』
元気な声が、広い空に弾けた。
舞
@舞う。舞。手足を動かして神の恵みを求める。
A心を弾ませる。また、弾んだ気持ちにさせる。
補足です。本文だけではAの意味は伝わらないと思いますので。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。