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「誰だよ、お前。ずっとつけてただろ」

 俺はボロ布を纏った何者かにそう声をかけた。

「やっと見つけた……」

 てっきり男だと思っていたが、その声は少女のものだった。
 少女は纏っていた布を投げ捨てた。

「……あなただけは許さないから」

 少女の顔に見覚えはない。そもそもこの町には数えるほどしか知り合いがいない。
 だが――

「どんなに謝っても、水に流すわけにはいかないの」

 少女はゆったりとした動作でファイティングポーズをとった。左足をやや前に出した半身の構えだ。
「お前……一体何者だ?」

 普通の人間なら何も感じないのかもしれないが、多少なりとも格闘技を身に付けている俺にははっきりと聞こえた。
 少女の鋭い視線や隙の無い構えが『自分は強い』と大声で叫んでいるのが。
 商店街のど真ん中で見知らぬ少女といきなり喧嘩するのは気が進まないが、軽くあしらえるような相手ではないと本能が頻りに警鐘を鳴らしていた。
 俺もゆっくりと構えを作る。とりあえず少女を取り押さえなければ話もできそうにない。

「覚悟ッ!」

 叫んだ刹那、少女の体がブレた。次の瞬間、数メートルの距離を一瞬で詰めた少女の右ストレートが打ち出される。

「速い……!」

 何とかストレートを右に受け流す。少女はバランスを崩しながらもストレートを放った際に前に出した左足を軸に右ミドルを放った。

「! しめたッ……!」

 あえてノーガードで受けた脇腹を襲う鈍痛に若干顔を顰めながらも、俺は少女の右足をガッチリと左脇に挟み込んだ。パワーで劣る少女が無理矢理放ったミドルなど、直撃しても大したダメージにはならない。
「捕まえたぞ。大人しく話を……」
「甘い甘い」

 ニヤッと笑った少女の顔が沈んでいく。そして代わりに左足が跳ね上がってきた。正確に顎を打ち抜くべく。

「――くそっ」

 大きくバックステップして何とか回避。後一瞬遅れていたら意識が飛んでいたかもしれない。

「片足でサマーソルトだと……? 一体どこにそんな身体能力があるんだよ……」

 俺が一人毒づいていると、少女は両手を広げて不敵に笑った。

「……どうやら、少し痛い目に遭いたい様だな」

 闘争本能が目覚め始める。同時に理性が霧のように拡散してゆく。
 取り押さえるだけなら、無傷である必要は無い。どうせ言いがかりをつけて来たのは向こうだし、これは正当防衛だ。
 そんな考えを本能が即座に纏め上げ、俺は――

「今度はこっちから行くぞ……!」

 一匹の獣と化し、少女へと突っ込んで行った……。














「全く、何考えてるの祐一……」

 名雪は心から呆れ返っている様だ。いきなり商店街で喧嘩している少年を取り押さえたから引き取りに来てくれ、などという電話がかかってきたのだ、無理もない。

「相手の子、記憶喪失なんだって……」
「ああ、さっき聞いた」

 少女の事情聴取をした刑事の説明によると、どうやら少女は記憶が全く無いらしい。俺の事が憎い以外の事は何も覚えていないとか。全く、迷惑な記憶喪失もあったもんだ。

「それでね、お母さんがとりあえずあの子預かるって。私も賛成なんだけど、祐一はどう?」
「どこをどうやったらそんな結論が出て来るんだ?」

 俺はそこはかとなく痛む額に手を当てながら言った。

「じゃあ祐一は記憶も、帰る所も無いあの子を放っておくって言うの?」
「うっ……それは」

 そう言われると記憶が戻るまで預かっておくのが正論のように思えてくる。警察署に置いて行くのは幾らなんでも可哀想だ。

「それに、祐一だって何も解決しないままじゃ納得できないでしょ?」
「そうだな」

 良いように言い包められた気がしないでもないが、とにかく俺は少女を預かることに同意した。




 俺と少女――後に沢渡真琴と名乗るのだが――の物語は、こうして幕を開けた。