ドサドサドサッ……ドサドサドサッ……

 大きな木の上に積もっていた雪が盛大な音を立てて地面へとダイブしたようだ。
 ほんの一瞬前まで穏やかな海の様に平らだった地面が、その雪によって所々盛り上がっている。

「……祐一君」
「どうした?」

 あゆの声はどこか落ち着きが無い。

「今、声がしなかった?」
「いや、俺には何も聞こえなかったが」

 俺の言葉を聞いているのかいないのか、あゆは頻りに辺りを見回している。

「俺達の他には――」

 念のため辺りを見回してみる。俺とあゆ以外には誰もいない。少なくとも目の届く範囲には。

「誰もいないんだ。聞き間違いじゃないか?」
「そう、なのかな。うん、そうだね。誰もいないんだから。お化けなんているわけないし」
「……いや、お化けはいるぞ」

 俺の言葉にあゆの全身がビクッと震える。軽い冗談で言ったのだが。

「じょっ、冗談……だよね?」
「ふっ、何を言うかあゆ」

 からかってやろうと次の言葉を出そうとした瞬間――

「あのー……」

 弱弱しい声が突然聞こえてきた。
 俺達の他には誰もいなかった。確かにいなかったのに。
 俺達は恐る恐る声のした方を向く。そこには――

「うぐ!? な……な……」
「マジか……」

 目に見えないお化けの方がまだマシだったかもしれない。見えないものは確かに得体が知れないが気付かなければ何とも思わずにすむのだから。

「なまくびぃぃぃぃ!!」

 落ちてきた雪によって盛り上がった部分の一つに、雪から生えている様に首だけが突如出現していた。あゆの方を見ると、涙をいっぱいに溜めた目でこちらを見つめ返してくる。

「どうしよう、祐一君。首が、首が……」
「……あゆが木に突っ込むから木の神様が怒ったんじゃないか?」
「全部祐一君のせいだよっ!」
「こういうのってあまり信じてなかったんだけどな……」
「祐一君が余計なこと言うから出たんだよぉ……」

 お化けと生首は違うような気がするが、とりあえず黙っておく。

「……あのー」
「ひゃ、ひゃいっ」

 俺は思わず上ずった声を出してしまう。生首が、喋ったのだ。一度ならず、二度までも。

「私、普通に生きてるんですけど……」












「うぐぅ、本当にごめんなさい」
「ごめんな、こいつも謝ってるから許してやってくれ」
「だから悪いのは全部祐一君だって、さっきから言ってるのに……」
「しかし、いきなり首だけ見えた時は本当にびっくりしたぞ」
「さりげなく無視してるし……」

 少女は木の上から落ちてきた雪の中に埋まってしまっていた。何とか首だけは出せたもののそれ以上は動けなかったらしい。

「危うく殺人者になるところだったな、あゆ」
「だから、祐一君が……」

 あゆの目には、さっきとは別の涙が溜まり始めている。すっかりあゆらしさが戻って来ているようで安心した。

「そこに見えてるのカッターじゃないか?」
「買い物帰りでしたから……」
「まだ雪の中に埋もれてる物、ある? ボク達も手伝うよ、掘り出すの」
「……ありがとうございます」

 もう笑っていたあゆの申し出に、一瞬だけだったが確かに躊躇したのが妙に引っかかった。







「これで全部です。ありがとうございました」
「これに懲りたら人に迷惑をかけるようなことは止めろよ、あゆ」
「いい加減しつこいよ祐一君」

 やれやれと言わんばかりにジト目で睨んでくる。

「あゆの食い逃げの方がしつこいな。しかも謀ったように俺を巻き込むし」
「ボ、ボクはまだに……」
「に……何だ?」
「……うぐぅ」

 また大きな目に涙が浮かんでいる。何となく嬉しくなった。

「そろそろ、日が暮れますね……」

 雪の中に埋もれて少々濡れているストールを羽織り直した少女が言う。
 確かに、そろそろ戻らないと困ったことになりそうだった。

「じゃあ、俺達もう帰るから」
「あ、はい。ではこれで」
「ばいばい〜」

 軽く会釈をして、少女は背を向けた。
 濡れて半分使い物にならなくなった紙袋を抱えて去っていく姿がやけに寂しげで、俺は姿が見えなくなるまで呆然と背中を見つめていた。


「……ねえ、祐一君」

 少女が見えなくなってから、ポツリとあゆが言った。

「ここ、どこなのかな?」
「げ……」

 俺達は、無言で少女が去って行った方へダッシュした。






 こうして俺はストールを纏った少女――美坂栞と出会った。

 俺にとってはただの日常の一コマだったその出会いが、少女にとっていかに重要な意味を持っていたかなど、俺はまだ知る由も無かった。