「平和ねー」

 湯飲みの重みと熱さを両手で感じながら、霊夢はぽつりと呟いた。
 当然返事は無い。霊夢の声は、空に溶けるように消えていく。

 空には雲一つ無く、どこまでも高い。
 包み込む陽光は仄かに暖かく、撫でる風は僅かに涼しく。
 神社を覆うように無造作に生えた木はそのほとんどが赤や黄に染まり、もう見頃と言って差し支えない。

 秋である。頭の上から地面の下まで、どこを見ても秋真っ盛り。
 人は何故か「〜の秋」という言葉をよく使う。食欲の秋、読書の秋、エトセトラ、エトセトラ。
 しかし、世の中には稀に、そんな言葉を全く必要としない人間がいる。

「……こんな日は歌でも詠んでみるに限るわね」

 霊夢はその稀に含まれる人間であった。呼吸するように秋を愉しみ、当然のように心の動きを歌にする。
 そんな彼女には「芸術の秋」などという言葉は必要ない。
 歌を詠むことは少しも特別なことではないのだから。

 左手に短冊を、右手には細めの筆を。
 背筋をしゃんと伸ばして座る姿は、整った顔、鮮やかな衣装と相まって一つの絵画のよう。
 手に持つ和紙と筆とが半ば強奪したものであるなど、誰が想像できようか。

 薄いまぶたがゆっくり降りる。全ての形が世界から消える。
 穏やかに降り注ぐ光はまぶたを通り抜け、ただただ黒いはずの世界を白く染め上げていた。

 鋭敏になった聴覚が、視覚の代わりに世界を作り上げていく。
 秋に染まる木の葉。
 高らかに鳴く虫。
 音速で近づいて来る魔砲使い。

「……今日は成果無し、と」

 ため息とともに目を開き、まぶしさに目を細めた。
 あいつにこの空気は似合わない。
 無理につきあわせても大人しく言うことを聞くようなタマではないし、するだけ労力の無駄である。
 紙と筆を元の場所に戻し二つ目の湯飲みを準備し終えたところで、僅かな砂埃とともに魔理沙が姿を現した。

「よう霊夢。邪魔するぜ」
「分かってるなら邪魔にならないように気をつけたらどうかしら?」
「無理だな」
「無理ね」

 箒を柱に無造作に立てかけ、どかっと足を投げ出して座る。
 その振る舞いは粗雑そのもの。
 つい先程までの時が止まったような空気は、一瞬にして霧と散っていた。

「時に霊夢」

 ずずずとゆっくり茶をすすり、魔理沙は尋ねる。

「何?」

 同じくずずずと茶をすすり、霊夢は答える。

「霊夢にとって、今年は何の秋だ?」
「……………………さあ」

 たっぷりと間をおいてから、霊夢は気の抜けたような言葉を返す。

「ほら、言うだろ弾幕の秋とか探索の秋とか」
「言うような言わないような……」

 似たような言葉は聞いたことがあったが、魔理沙の言う秋はどれも霊夢は初耳だった。
 わざわざ秋にしなければならないことでもないわよね、と霊夢は思う。

「で、霊夢。どうなんだ?」

 ずい、と顔を突き出す魔理沙。

「そうねぇ」

 すい、と顔を下げる霊夢。

「いつもの秋、かしら? 天気はいいし、お茶も美味しいし」

 ずずず。
 うん、と納得したように頷いた。

 そんな霊夢を一瞥し、魔理沙は肩をすくめて大げさにため息をついた。

「全く、これだからお前は頭が春だなんて言われるんだよ」
「大きなお世話よ」
「せっかくの秋なんだから、お前も何か始めてみたらどうだ?」
「何かって?」

 急須から茶をそそぐ。

「修行とか」
「お断りよ」

 ずずず。

「やっぱりお茶が美味しいわねー。あ、お茶の秋かも」
「お前は春夏冬もお茶だろうが」

 溶けそうなほど脱力しきった霊夢に、ずびしと炸裂魔理沙チョップ。

「あんたね、さっさと言うことは言いなさいよ。それとお茶が無くなったら三千倍返しだから覚悟しなさい」
「まあまあ、そんなに邪険に扱うなよ霊夢。お前にとってもいい話なんだからな。それとチョップ三千発は私よりお前の方が痛いぜ」
「あんたのいい話はトラブルか宴会しかないわ」
「そんなこと……あるな」
「でしょう」
「今回は違うわけだが」

 魔理沙はニヤリと笑い、腰に手を当てて自慢げに背を反らす。正面にいる霊夢が見ても、体は見事なまでの弧を描いている。
 不憫ね。ぽつりと生み出された言の葉は、幸か不幸か魔理沙には届かなかった。

「霊夢、私は短歌に目覚めたぜ」
「今更ね。昔からやってるじゃない」
「うん? 何言ってるんだお前」
「いや、だから。啖呵を切るのはずっと前からあんたの得意技でしょ、って言ってるのよ」
「切る? 短歌を?」

 魔理沙は心底不思議そうに目を細める。

「短歌って切るものなのか?」
「そう言われるとよく分からないけど、多分そうじゃないの? 慣用句があるくらいだし」
「慣用句……?」

 たんかをきる。
 数度呟いた魔理沙は納得したように手を打ち、

「啖呵じゃない。短歌だ」

 げんなりした表情で、効果があるのか疑わしい訂正をした。

「えっと……担架かしら? 空飛ぶ急病人配達?」
「あー……担架のことか? どうして私がそんなことしなきゃいけないんだ? 大体、そんな急病人じゃ箒に乗せても落ちそうな気がするんだが」
「私に言われても知らないわよ」

 霊夢の返答はあまりに要領を得ない。
 どうしたものかと腕を組んだ魔理沙に、人差し指をぴっと立てた霊夢が声を投げた。

「魔理沙、分からないから字を書いてくれない? 指で書いてくれれば分かると思うから」
「おお、その手があったな。じゃあ書くぜ、よく見てろよ」

 畳に大きくはっきりと。
 短、歌。
 細い指が、確かな軌跡を描く。
 これで間違いなく伝わっただろう。
 そう思いながら視線を向けた霊夢の表情は、宴会の片付けをしている時のように苦いものだった。

「もう一回お願い」
「ああ」

 そんなやりとりを数度繰り返し、もしかしたらからかわれているんじゃないかと魔理沙が思い始めた頃。
 真剣な表情で身一つ動かさず畳を睨み付けていた霊夢が、不意に口を開いた。

「やっぱり分からないわね。もしかしたら私の知らない単語かもしれない」

 想像を遥かに超えた霊夢の言葉に、魔理沙は言葉が出ない。
 ぷるぷるする人差し指を霊夢に向け、打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせるのみである。

「おい、おま、まさか……本気か?」
「本気も何も、分からないものは分からないわ」
「…………はぁ」

 魂まで飛び出してしまいそうな深い深いため息。あまりにあんまりすぎて、怒る気にもなれない。

「私が言ってる短歌ってのは、五・七・五・七・七の定型を基本とした短い歌のこと。お前もよくやってるだろ」
「ま、まさか……短歌? あはは冗談よね、だって魔理沙が短歌だなんてありえないし。嘘をつくならもう少し上手につきなさい」

 乾いた笑みを浮かべる霊夢を見ながら、魔理沙は湧き上がる涙を必死に抑えていた。
 そうでもしないと、涙が出ちゃう。だって女の子だもん。

「霊夢、そんなに私が短歌を作るのが信じられないか?」
「うん」

 あ、ちょっと出た。

「ま、魔理沙!? そんな泣かなくてもいいじゃないの! じょ、冗談よ冗談! 魔理沙がしたって何もおかしくないわよ!」
「冗談?」
「そう、冗談――はっ!?」

 フォローしているつもりで嘘をついたのに、かえって墓穴を掘ることはよくあることである。
 霊夢がそんなミスをすることはあまり無いのだが、それ以上に珍しい魔理沙の涙に少々どころではなく混乱してしまったらしい。

「……修理費用なんて絶対払わないからな。手伝ってもやらないからな」

 手には愛用のミニ八卦炉。照準をぴたりと霊夢に向けられたそれは、膨大な魔力を叩き込まれて太陽もかくやという輝きを放っている。

「えっと、魔理沙? そんなに魔力を込めたら壊れちゃうわよ?」
「知るか」

 本格的に危機を感じた霊夢は、無駄だと知りつつ説得を試みる。

「そろそろ夜は冷えるわよ? それが無いと寒くて寒くて風邪を引いちゃうかも」
「知るか」

 口は止めずに、魔理沙を中心に時計回りにじりじりと移動。
 何せ、このままの方向で撃たれたら神社が全壊どころか塵一つ残らない。

「それに、それこの間霖之助さんに修理してもらったばかりでしょ? 霖之助さんに怒られるわよ?」
「知るか」

 霊夢の決死の時間稼ぎのおかげか、それとも魔理沙が残った理性で待っていたのか。
 魔理沙、霊夢、神社だった立ち位置が、霊夢、魔理沙、神社へと入れ替わった。
 神社の消滅は免れた。それでも色々と姿を消してしまいそうではあるが。

「魔理沙、どうしても撃つの? 本当に洒落にならないわよ?」
「お前運がいいんだろ? 大丈夫さ、多分」

 刹那、霊夢は残像すら残らないほどの速度で真上に飛翔。人間の動体視力を遥かに超えたその離脱はほとんどテレポートと同義である。
 しかし、魔理沙も大したもの。分かっていたと言わんばかりに照準を合わせ、霊夢に向けて力を解き放った。

 光が視界を焼き尽くす。
 轟音で聴覚が塞がれる。
 風に触覚が潰される。
 乙女の怒りが、世界を喰らって荒れ狂う。

 知覚できない存在は在るとされない。
 わずか数秒ではあったものの、神社は確かに全てを失っていた。







「……被害報告。周りの木が丸裸。屋根の損壊が少々。ついでに庭全体が焚き火の舞台。思っていたよりは軽く済んだわね」

 魔理沙が気がついた時には、霊夢は何事も無かったかのように茶をすすっていた。
 庭に目をやると、そこは一面落ち葉の世界。本当に庭全体を使って焚き火が出来そうである。
 マスタースパークによって枝から飛ばされた葉が隙間無く積もったその光景は、どこかの森の中を連想させた。

「お茶、いる?」
「……頼む」

 ふらつく頭を起こし、あまり力の入らない手で受け取る。
 いつもと違う体の調子に、さすがに無理しすぎたかと自己反省。

「私はどれくらい倒れてたんだ?」
「そうね……半刻くらいかしら」

 霊夢の言葉に耳を傾けながら、ずずずと茶をすする。舌を火傷するかと思うほどの熱さが体に染み渡っていく。
 それと同時に、霞がかった意識も晴れ渡っていった。

「なあ、霊夢」
「何?」

 ずずず。

「さっきの、別に私のこと馬鹿にして言ったんじゃないんだろ? ついでに冗談ってのは嘘だな」

 霊夢は何も魔理沙が無粋だから短歌が似合わないと言っているわけではない。
 短歌は、立ち止まってその場所や時を深く感じ、心を三十一の文字に託すもの。今を感じ、今を形と成すことが全てである。

「うん、正解。分かった?」
「長い付き合いだからな」
「そんなことより、分かってるのなら撃つの止めなさいよ」
「気付いた時にはもう撃ってたんだよ」
「まったく、下手したら怪我じゃすまないのよ。自分の全力がどれだけの威力を持ってるか分かってるの?」
「何言ってんだ、無傷じゃないか」
「あんたの癖くらいよく分かってるからね。馬鹿正直に狙われても絶対当たらないわ」
「手強いな」
「長い付き合いだから、ね」

 ずずず。

「そんなに私と短歌は結ばれないか?」
「結ばれないわね。あんたが立ち止まるって単語を知っているとは思えないもの」
「そうだな、私にのんびりする趣味は無い。いつでも全力疾走、止まる時は死ぬ時だ」

 魔理沙と短歌は在り方が違いすぎる。だからこそ霊夢は魔理沙が歌を詠むことは無いと言い切ったのだ。
 まさか勘違いされるとは思わなかったが。
 それが原因で、僅かとはいえ涙を見せられるとは夢にも思わなかったが。

「それで? そのあんたが短歌を志した理由は?」
「ふむ。それはだな」

 魔理沙はすっくと立ち上がる。
 遥か遠くの紅魔館、正確にはその中の図書館の方へと視線を向けて、言った。

「この間図書館に行った時に、どうしてもって小悪魔に泣きつかれてな。一人で詠んでても上達しないから、切磋琢磨する仲間がほしいんだと」
「小悪魔……ああ、パチュリーの所の」

 意外と大したことの無い理由に、霊夢は内心拍子抜けしていた。

「珍しいじゃないの。いつからそんなにいい子になったわけ?」

 ちょっと泣きつかれたくらいでホイホイ言うことを聞くなんて、あんた何考えてるの?
 視線と口調が、くっきりとそう語っている。

「私はまだ短歌のことはよく分からないけど、一人で詠んでてもつまらないんだろ?」
「そう……ね。一人で詠むのも悪くないけど、たまには歌合なんかもやってみたいわね」

 霊夢の周辺に歌を詠む者は少ない。
 紫と藍、それに幽々子くらいのものである。
 妖夢も詠んでいると幽々子経由で耳にはしているものの、妖夢本人が頑なに拒否するので数には入らない。

 三人が三人とも、霊夢では足元にも及ばない実力の持ち主である。元々の才もあるのだろうが、何しろ積み重ねた経験が違う。
 歌の研鑽も人生も数百年、もしくはそれ以上。たかだか十数年しか生きていない霊夢にとっては想像すら出来ない世界であった。
 そんな三人と歌を詠むのは、さすがの霊夢でも気が引けた。自分が上達して三人の凄さがはっきりと分かるようになってからは尚更に。
 最後に四人で詠んだのはいつだったか思い出そうとして、思い出さなければならないほど前であるということを認識した瞬間に思考を放棄した。

「ほら、ちょうどいいじゃないか。小悪魔は仲間を探してる。お前も仲間を求めてる。ついでに私が入れば、あっという間に大所帯の出来上がりだ」
「確かに私は願ったりかなったりだけど、あんたはそれでいいの? 好きでもないことに時間を割くほど暇なわけ?」
「おいおい、それじゃ私がボランティア精神に溢れた変わり者みたいじゃないか」

 ボランティア精神に溢れた人は別に変わってない。
 霊夢がそう言おうと口を開く前に、魔理沙の口は次の言葉を生み出していた。

「短歌が今を形にするものだとしても、私の飛行の推進剤にならないなんて言い切れない。何がどう影響するかなんて分からないんだ、やってもみないで切り捨てるのは私の趣味じゃないぜ」

 それに、それとは別の目的もあるしな。
 そう言って笑う。何故か、少しだけ照れ臭そうに。

「ああ、そうだったわね。あんたは好奇心の塊だったっけ」

 霊夢は興味無さ気に呟く。
 しかし、心はこの上なく弾んでいた。

 実は、以前から魔理沙に短歌を詠ませたいと思っていた。
 少年のような思い切りの良さ、豪快さばかりが目立つが、少女のような繊細さも併せ持っていることを霊夢はよく知っている。
 あちこち飛び回っているから経験も豊富で、勤勉家だから知識も深い。
 そんな魔理沙が歌を詠んだら、きっと素敵な歌が出来る。常々そう思っていたのだ。
 おまけに、思わぬ所に歌詠みが居た。
 自分と魔理沙と小悪魔と、ついでに妖夢を引っ張り出して四人で詠みあい、高めあう。
 化け物三人衆に指導を頼むのもいいし、歌合を申し込むのも面白そうだ。

「で、だ。一つ作ってきたから見てくれないか?」

 楽しそうな将来に想いを馳せていた霊夢に、思いがけない魔理沙の言葉。

「あら、気が早いのね」
「私の精一杯の気持ちを込めてみた。うまく伝わってくれるといいが」

 懐から取り出されるは一枚の短冊。あまり上等では無いが、間違いなく和紙である。

「それどうしたの?」
「里に行って手に入れてきた。まさか魔道書の切れ端に書くわけにもいかないしな」
「ふーん」

 魔理沙はそう言ったものの、書くだけなら和紙である必要は無い。和紙は決して安くないのだ。
 そんな和紙をわざわざ入手したのだから、魔理沙は本気なのだろう。
 より一層期待を深めながら、霊夢は短冊に目を落とす。

「…………」

 一度大きく視線を外し、再び視線を魔理沙の処女作へ。

「………………」

 何度も。
 何度も。
 何度も。
 何度も。

「……………………」

 何度やっても歌が変わるはずも無く、確かな存在感を持って短冊に刻み付けられていた。










 だれ霊夢 いつもサボって 好き放題 きちんと働け だから休むな!










「……霊夢?」

 ブンブン首を上下させたり、無言で短冊を睨み付けたり。
 どう見ても挙動不審な霊夢に、魔理沙はやっとのことで声をかけた。

「……」

 対する霊夢は無言。魔理沙の声が耳に入っているかどうかも怪しい。

「やっぱ駄目だったか? 出来ればどの辺りが駄目か教えてくれるとありがたいんだが」
「……」

 霊夢はなおも無言。
 だんだんと、魔理沙に不安がこみ上げてくる。

「霊夢? その、何とか言ってくれないか?」
「……ふう」

 霊夢は突然、無造作に右腕を水平に伸ばした。

「なっ、なっ……!?」

 手には一枚のスペルカード。短冊は放り投げられて宙を漂っている。
 そして霊夢の背後には、

「魔理沙の目的ってやつ、よーく分かったわ」

 虹色に輝く光の壁が蠢いていた。
 よく目を凝らせば、それは数十に及ぶ光弾の群れであることに気がつくだろう。
 霊符「夢想封印」。霊気を光弾として撃ち出す霊夢が得意とする術である。

「ちょ、ちょっと待て! 何なんだその馬鹿げた数は! 大体どうしてそんなもの展開しだすんだよ!」

 慌てて箒を手に取り、いつでも逃げ出せる状態を整えながら叫ぶ。

「人のことをからかうために歌を詠もうなんてふざけたあんたを、歌詠みと認めるわけにはいかない。あんたに期待した私が馬鹿だったわ」
「ちょっ、ま、違――」
「それにね」

 壁がずずずと動き出す。魔理沙はありったけの魔力を箒に集中させた。
 魔理沙の足が宙に浮く。いつでも逃げ出せる準備を整えて、それでも説得を試みようと口を開きかけ、

「私はだれてなんかいないわよこの馬鹿魔理沙ぁぁぁーーーーーっ!!!!!」

 壁が剥がれて魔理沙に襲い来る瞬間に、脇目も振らずに離脱した。

 澄み切った空を、数十の光の弾を従えて、白黒の弾丸が駆けてゆく。
 霊夢はそれをぼんやりと見送り、ぽつりと呟いた。

「葉っぱ、どうしようかしら」

 霊夢の視界には、魔理沙が飛び出した際に生まれた突風で舞い上がった木の葉が多数。
 それらははらはらと宙を漂い、重力に引かれて元の場所へと戻っていった。

 いくらかは突風に巻き込まれて遠くへと飛んでいったものの、まだまだ量が多すぎて掃除どころではない。
 焚き火などしようものなら、あっという間に山火事で大惨事。
 完全にお手上げ状態であった。

「ま、いいか。魔理沙に何とかさせれば。それより――」

 湯飲みに茶を注ぎ、僅かに温くなった茶を静かに一口。

「うん。美味しい」

 霊夢は、今日も縁側でだれている。










「……今度は夢想封印?」
「神社は賑やかなようですね」

 博麗神社から少し離れた森の中。
 珍しく昼間から起きている紫とその式である藍は、青空の下で紅葉狩りと洒落込んでいた。

「いつもより大きなマスタースパークに、いつもより多い夢想封印……何かあったのかしら」
「何かはあったのでしょうね。……うわ、凄い木の葉だな」

 藍は一瞬自分の目を疑った。
 魔理沙と光の弾が高速で過ぎ去った後、雨のように木の葉が空から降ってきたのだ。

「雲一つ無い青空から赤く染まった葉が降ってくる……珍しいわね」
「珍しいどころか、普通に生きていたら一生お目にかかれない光景ですよ」
「長生きはしてみるものね……あら、あれは?」

 大量の木の葉に混じって一枚の紙がひらひらと宙を漂っていることに紫は気付く。
 瞬き一つの時間の後には、宙を漂っていた紙を当然のように己の手の中に収めていた。
 その紙に書かれているものを読み取り、紫は楽しげに目尻を下げた。

「藍、藍ー? ちょっと来なさい」
「どうかしましたか?」
「これ」
「短冊……ですか? どこでこんな物を?」
「空から降ってきたの。そんなことより、いいから見てみなさい」
「はあ」

 また妙な物を拾って。
 そんなことを思いつつ、紙に刻まれた文字に目を走らせる。
 稚拙な歌とその作者を確認し、藍もまた楽しげに口元を緩ませた。

「どう思う?」
「私にはとても詠めない歌です。これだけ素直に相手に感情を届けられるのは才能だと思います」

 羨ましそうに藍は言う。才能は訓練では得られない貴重品なのだ。

「じゃあ質問。さっきまでの騒動の原因は?」
「魔理沙が歌を詠むとは聞いたことがありませんし、そのことで霊夢がからかったんでしょう。それがマスタースパーク」
「夢想封印は?」
「その歌を見た霊夢が反射的に放った、というところでしょうか。かなり腕を上げたとはいえ、まだまだ精神的に幼いところもありますし」
「へえ。人に対して幼いだなんて、藍も随分偉くなったものね?」
「うっ……」

 ニヤニヤと、紫は意地悪く笑う。
 居心地の悪さを感じ、藍は視線をそらしながら上ずった声を上げた。

「そっ、そんなことより! 紫様はどうなされるんですか?」
「うん?」
「私はもう少しこの辺りをぶらぶらしようと思っていますが」
「答える必要はあるのかしら?」
「いいえ」

 藍の即答の直後、紫の背後の空間が裂けた。ちょうど紫が入る程度の大きさ。目的地は言うまでもなく、博麗神社である。

「どうせ長くは居られないから。夕飯お願いね」
「分かりました」

 藍に背を向けて隙間に身を投じようとして、紫はぴたりと足を止めた。
 振り返ったその表情は笑顔。

「ねえ、藍」
「何でしょう?」
「私、藍のことがだい好きだと思うの」
「…………ふふふ、そういうことですか」

 突然の台詞に惚けたように固まった藍は、紫の意図するところを汲み取り照れ臭そうに笑った。
 何と言おうかしばし迷い、笑みを崩さない主に向かって心からの言葉を紡ぐ。

「ずっとずっと、紫様のことをお慕いしています……だい好きだよ、紫様」

 紫と目を合わせ、苦笑する。
 魔理沙の才能は大したものだと、改めて思うのだった。








 以下、東方SSこんぺに掲載した後書きです。


読み終わったみんな、魔理沙はとっても女の子だよな(挨拶)
了承できない? それはまずいな、萃夢想でもやって来るといい。
有限の時間でSSを書き上げるのは大変だったけど、納得のいくものが出来た。
難しかったのは中身の取捨選択。
うなりながら色々試して、結局ほとんど削らないことにした。
ご飯を食べながら読み返したけど、これならそう悪い結果にはならないんじゃないかな、って思える。
ざっくり切って捨てられるかもと思うと少し怖いけど、それもまた楽しみ。
いつも思うんだけど、感想をくれる人って作者にとって本当に大切な人だと思うんだ。
まあ、楽しませてもらった礼に書くのが普通だからそんな大げさにありがたがる必要も無いのかもしれないけど。
すべての人へ。楽しんでくれたかい?

久しぶりのこんぺは滑り込みでした。
作者よりも余程深く読んでくださった読者の皆様には頭が上がりません。
さくさくっと手を動かすと生き生き動いてくれる彼女たちにも頭が上がりません。ホント可愛いなぁ!