「むむむむむ……!」
紅魔館の近くの名も無き湖。そこで、チルノは苦しげに呻いていた。
手には棒状の氷の塊。優美さを全く感じられないゴツゴツした形状は、太い木の枝を連想させる。
「どうしたのチルノちゃん。便秘?」
「そうなのよ、もう三日目でさー……って何言わせるのよトリル!」
声の主に向かって、持っていた棒状の氷を一振り。手加減無しの軌道の先には、トリルの細い首。
普通でしかない首がその衝撃に耐えられるはずがない。トリルの首は嫌な音を立て――
「相変わらず手加減無しね、チルノちゃんは。本当にそのうち死んじゃうって」
「トリルが失礼なこと言うからよ」
――ることはない。トリルお得意のテレポートのおかげで、トリルは九死に一生を得ていた。通算、二百飛んで四度目。よくもまあ無傷でいられるものである。
「冗談はこのくらいにして、さっきから何を唸ってるの? 気になって昼寝も出来ないんだけど」
「昼寝って……こんなに暑いのによく昼寝なんて出来るわね」
「そっか、チルノちゃんは暑いのが苦手なんだっけ。確かに暑いよね、今年は――」
そう言って、トリルは頭上で偉そうに輝きまくる太陽に目を向けた。天敵である雲の姿がどこにも無いのをいいことに、世界は俺のモノだと言わんばかりに幻想郷中に熱気を振りまいている。
「去年も十分に暑かったけど、今年は去年なんて比べ物にならない。……覚えてる? いつぞやの寒すぎる春のこと。暑い寒いの違いはあるけど、あの時みたいに不自然な暑さだよね」
「あたいもそう思ってたの。あの時と同じように、きっと誰かがどこかで悪さをしてる――あたいたち以外は気づいてないみたいだけど」
自然から生まれた二人は、こと自然に関しては敏感である。それ故に気付いたのだ。今年の暑さは何かがおかしい、きっと人為的な何かが働いていると。人間はおろか、妖怪もそれ以外も気付いていない。暑さの質の違いに気付けない彼らは、暑さに文句を言うこと以外に行動を起こしていない。
「そこで、このチルノさまの出番ってわけ! あたいが犯人をとっちめて、夏を涼しくしてやるんだから!」
そう言って、持っている氷の塊を空に向けて掲げた。綺麗に加工された剣か何かなら格好もつくのだろうが、如何せんチルノが持っているのは氷の木の枝。イマイチ雰囲気が出ない。
「ねえ、チルノちゃん。さっきから気になってたんだけど――」
「ああ、これ? あたい特製のアイスソード。氷精の力によって作り出されたこの世で一つの一品よ!」
アイスソード。
かの冒険者がらはどさんが頑張って手に入れたのに知り合いに強奪されてしまう伝説の一品である。その後も奪い奪われを繰り返し、今は何故か香霖堂に保管されている。
チルノとトリルはそんな血生臭い逸話は知らないが、美しい装飾はたまたま訪れた二人の心に深く刻み込まれていた。
「アイスソードって……もしかしてアレ?」
「そう」
「…………………ぶふぅ」
盛大に噴いた。
何とか笑わずに耐えようとしたのがアダとなり、それはもう下品な音が周囲の空気を震わせた。
「あはははははははははははははっ……ア、アイスソード? あははは、そ、それが? じょ、冗談……きつっ……あははははは……し、死ぬぅ……あはははははは……!」
どうやらツボだったらしい。放っておいたら本当に死んでしまいそうな勢いである。仮に死ななくても腹筋に確実に後遺症が残るであろう。
「あはははははは……ごめ、ごめっ……! 謝るから、スペルわははははは」
「トリルのバカぁぁぁぁ!! 死んじゃえー!」
涙目のチルノはスペルを発動。怒りと悲しみと恥ずかしさにより普段の数百倍にまで高められたその威力は、かの白黒の渾身の魔砲ファイナルマスタースパークにも引けを取らない。むしろ圧倒的に勝る。
そんな暴威に為す術も無く吹き飛ばされたトリルは、急速に消え行く意識の中で思った。
アレはひいき目に見てもせいぜい棍棒だろう、と。
「はぁっ……はぁっ……!」
限界を超えて力を行使したチルノは、浮かんでいることも出来ずに湖のほとりに腰を下ろしていた。自称アイスソードはしっかりと手に握られたままである。
「凄いわねチルノ。あんな凄いスペルいつの間に使えるようになったの?」
「あ……レティ」
そこにフラッと現れたのは、何故か夏なのに存在しているレティ。陽射しを遮るために最近は日傘を常備している。
「トリルがあたいのことバカにするから……ちょっと力が入っちゃったみたい」
「ちょっとって――全く、何を言ったのかは知らないけど無理しちゃダメでしょ」
「だって! トリルったらこれを見てバカみたいに大笑いして――」
「チルノ。何、それ」
「アイスソード」
「…………………………ぶはっ」
以下省略。
トリルは神主さまが「その性格は他の妖精と変わらず、陽気でいたずら好き。単純で表情豊かです」と日記で仰ってるので私自身のイメージよりこのトリルの方が公式には近いんじゃないかと。
結構違和感がありますがチルノと二人で話を進めるときはこの性格の方が便利。書いてて楽しいですし。
何故レティまでアイスソードのことを知ってるのかは分かりません。そもそも私はロマサガ未プレイです。
大変だ、今すぐそのアイスソードをこっちに渡すんだ!