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 博麗神社に、今年最後の陽が落ちる。消えていく最中、世界を自らの色に染め上げていくのはせめてもの自己主張なのだろうか。
 冷たすぎない空気に橙が乗り、枯れ木も擬似的な紅葉を宿らせる。のんびりした時間と酒が欲しくなる絶景であるが、生憎とどちらも得られそうにない。
「じゃあ萃香、蕎麦の準備お願いね」
 適当なメロディに乗せて鼻歌を口ずさむ霊夢はいつになく働き者だ。どれだけ集まるとも知れないが、綺麗な神社に迎えられた参拝客は大満足に違いない。
「はいはい、分かりましたよっと。ったく、客人こき使うなんてどういう了見してんのかねー」
「何か言ったか穀潰し」
「集めてやったゴミ、全部元に戻してもいいんだけど」
「……ごめんなさい」
「よろしい」
 ぺこりと頭を下げた霊夢に背を向け、私は石臼の前で無い袖を捲った。何事も気分。
「さ、ちゃっちゃとやっちゃうかねぇ」
「適当にやったら黒豆ぶつけるからね」
 背中に悪夢が飛んでくる。コイツはやはりとんでもない。あんなものをぶつけられた日には私は甘々でねとねとである。大豆ほど痛くは無いがトータルダメージはまるで比較にならない。風呂も使わせてくれないし。
 淀みの無い口調は本気の証。霊夢はやると言ったらやる。約束とはかくも厳しいものなのだ。
「誠心誠意やるから勘弁して。さすがにこの時期に湖で水浴びはしたくないよ」
「よろしい」
 完全勝利の言葉がそっくり帰ってきた。理不尽が過ぎるがこれでイーブン。
 霊夢は毛筋ほども意識していないだろうが、この伊吹萃香、勝ち負けには拘る性分である。元々充実していた気力が更に湧き上がって来た。こうなったら自分でもびっくりするくらいの蕎麦で再度頭を垂れてもらおうではないか。
「そういやさ」
 ふとした思い付きがそのまま口から外へ。遠ざかりかけていた足音がぱたと止まる。
「んー?」
「今日は静かよね」
 朝から霊夢をからかったり手伝ったりしているが、今日は誰も見ていない。ほぼ毎日に渡って誰かしらが訪れている神社にとっては珍しいこと。
「今日来たら色々手伝わされるからじゃないの?」
「あはは、違いない」
 それは身をもって思い知っている。今日の神社は掃除に飾り付けに大忙し。大掃除は事前に済んでいたが、明日に向けてやることはいくらでもある。
 だがそれは理由になっていない。
 ここを訪れるのは幻想郷でも名の知れた性悪共。あれやこれやとはぐらかしては縁側を我が物にする連中ばかりなのだ。
「それに――」
 鏡の如く凪いでいた声色に波が宿る。
「今日は大晦日だもの。一緒に過ごしたい人がいるんじゃないかしら」
 神社は元々静かな所。誰も来ないならその方がいいわ。
 少しだけ嬉しそうな声は、もう少しだけ寂しそうだった。


 ◇◆◇◆◇


「よし、成功だ。じゃあ帰れアリス」
「ありがとうございますって言ってみなさいこの恩知らず」
「アリガトウゴザイマス」
「……もういいわ」
 久々の共同作業は、鈍痛を覚えた頭を押さえることで終了と相成った。いつものことである。魔理沙に真っ当な礼を期待しても無駄だ。
「しかしギリギリだったな。お前を呼ばなきゃ間に合わなかったかもしれん」
 大晦日も正午をとうに過ぎ、次の年までは十時間も残っていない。やることにもよるが、魔法使いにとっては本当にギリギリと言って過言ではない時間である。
 やはり年をまたいで実験を行うことは避けたかったのだろう。例え私が居た方がスムーズに行く実験でも、実際に私が呼ばれるのはレア中のレアだ。強引さと笑みが似合う変わり者でもやはり一人前の魔法使い。自らのアイディアと成果はそう簡単に他人に漏らせるものではない。
「まだ全部終わった訳じゃないでしょ」
「そうだっけ?」
「この部屋。これだけ散らかしたままでよくもまあ平気でいられるわね」
 私を呼ぶまでに散々失敗したらしく、材料やら魔力の残骸やらで部屋中ぐちゃぐちゃで見るに耐えない。全く褒める気になれないが、この空間に存在していてストレスを感じない鈍感さは長所と呼ぶに値するのではないだろうか。
「ほら、さっさと始めるわよ。折角の年越しくらい綺麗な部屋でやりたいじゃないの」
 手を叩いて魔理沙を促す。こういうことはさっさとやってしまわねばずるずると引きずってしまう。魔理沙のように自分でやりたがらない性格をしている人は尚更だ。
「……」
 ところが、魔理沙はぼけーっと座り込んだままで。立ち上がるどころか動こうという意志さえ感じられない。
「魔理沙? どうかしたの?」
 目の前で手をヒラヒラさせてみる。急に意識を失うような疲労なんて無いはずなのだが。目も開いてるし。
「……ん? ああ」
 独り言のような小さな呟き。数秒ぶりに魂が戻ってきました、と言わんばかりに目をぱちくりさせている。無防備に座り込んだ姿はどこか人形のようだ。それも私の手では到底作り得ない生き生きとした魅力を――生きてるんだから当然か。
「いや、ちょっとびっくりしただけだ」
「何によ」
 私が魔理沙の掃除の手伝いをするのは珍しいことではない。結局ほとんど私がやってしまって愚痴を零すのもお決まりの光景である。
「その、さ」
「だから何によ」
 要領を得ない魔理沙に手を差し伸べるが、魔理沙は私の手を取ろうとはしない。
 私が一歩近づくたびに、座り込んだままじりと後退。背中が壁にぶつかったところで、僅かに震える唇が言葉を紡いだ。
「アリスは、この部屋で年を越すつもりなのか? その、私と二人っきりで」
 私を見上げて、自分の体を抱きしめながら身を捩る。
 普段の少年然とした快活さとは似ても似つかないその様は、不覚にも口が緩んでしまうのを隠し切れないほどに可愛かった。
「…………ハッ。相変わらず女優ね」
 何と言うか。私も魔法使いよりは優先度が下がるとはいえ間違いなく女の子な訳で、可愛らしいものは大好物なのである。魔理沙に突かれる度に否定はしているが、私の扱う人形が女の子ばかりなのもそういった理由なのだろう。意識してそうなっている訳ではない。根は深層レベルで、つまりは治療不能。少なくとも魔理沙には知られている私の弱点。
 掌に爪を立てて口を引き締める。魔理沙はといえば、もう対照的な意地の悪い笑みを浮かべていた。
「私は普通だぜ。じゃ、そういう訳で掃除よろしくな」
 何がどういう訳かさっぱり分からないが、とにかく掃除をする気は無いらしい。本当にどうなってやがるんだコイツの思考回路は。
「ふぅん、普通か」
 私を置いて部屋を後にしようとする魔理沙は、
「恋する女の子は器用なのね」
 ドアの取っ手を掴み損ねて、ドアに正面から頭をぶつけた。
「ア、アリス……!? お前、何を――」
「じゃ、そういう訳で掃除始めましょうか。さっさと終わらせて、黴臭い家から飛び出さないといけないんでしょう?」
 うろたえる魔理沙にハタキを投げて寄越す。ざっと見た感じでも、部屋のあちこちが埃の養殖場だ。さっさと終わらせなければ本当にここで年を越す羽目になってしまう。
「やれやれ。人に仕事を押し付けるのが好きだなアリスは」
「お前が言うな!」


 ◇◆◇◆◇


『ねえパチェ、どうして大晦日に蕎麦を食べるんだっけ』
『長く生きられるように、という縁起よ』
『うどんじゃなくて蕎麦なのは?』
『蕎麦の方が長いから。長く生きるにはある程度の細さも仕方ないという妥協も含まれてるわね』
『へぇ』

「咲夜ー、まだ出来ないの?」
「もう少しだけお待ち下さい」
 紅魔館の大晦日は、年越し蕎麦ではなく年越しうどんである。例年通りというようなことはなく急遽、原因は例によってお嬢様の我侭。
 当然お嬢様に出せるような上質な在庫などありはしなかったのだが、家捜ししたら何故か美鈴が隠し持っていた。足に縋り付く美鈴を一喝で捻じ伏せ、意気揚々とお嬢様の所へ戻ったのがつい先程。
「ちゃんと言いつけどおりにしてあるんだろうね」
「問題ありません。そのせいで多少茹でるのに時間がかかっていますが」
 お嬢様の注文はうどん。それも蕎麦を上回る長さを持った、という面倒な。太く長く生きる、というゲン担ぎなのだろう。何とも分かりやすい。
「咲夜、私のは普通にしてくれてるよね?」
 横から杖もどきを差し出しながら、するりと会話に潜り込んで来る妹様。お嬢様が長めのうどんを注文した後で、機嫌良さそうに普通の長さのうどんを注文していた。
「私は――」
「フランドール様は普通でパチュリー様は柔らかめでしたね。大丈夫ですよ」
 一口にうどんと片付けば楽なのに、厨房では小さな鍋が三つ同時にぐらぐらと湯気を上げている。少しは協調性を見せろというのだこんちくしょう。

「…………」
 お嬢様は固まっていた。正確には麺を一掴みした後で。既に目の辺りまで箸が持ち上げられているが、全貌は未だ汁の中だ。麺の長さはきっちり一メートル。一般的な蕎麦の五割増。
「どうしたの、お姉様?」
 うどんをつるつると口に運びながら、フランドール様はニヤニヤを止めようともしない。
「ふーっ、ふー……」
 小皿に取り分けたうどんに過剰なまでに息を吹きかけているパチュリー様は表情こそ普段通りであるが、視線はお嬢様の方へと吸い付いてそのままだ。
「…………」
「お姉様ー? 早く食べないと、ますます食べられたものじゃなくなっちゃうよー?」
「分かってるわよ」
 運命を操るとか何とかな割に、お嬢様はどこか抜けたところがある。
 長さ一メートルのうどんなどまともに食べられる訳が無い。そこらの人里の一人暮らしならともかく、西洋のマナーが染み付いた紅魔館では尚更。かなりの部分が汁の中から飛び出すことになるため音も立つし、汁も飛び散るに決まっている。
「……むぅ」
 箸を器に置き、射殺さんばかりの勢いでうどんを睨む。
 妹様の手前、自分で注文しておいて麺を切ってしまう訳にはいかない。だが真っ当な手段を用いても食べることは出来ない。妹様、パチュリー様、そして私。六つの目がお嬢様へと集中している。お嬢様は当然それを知っている。
「……フォーク」
「どうぞ」
 お嬢様愛用のフォークを手渡す。時を止めるまでも無い。うどんを茹でる際に熱湯消毒も済ませている。
「うどんをフォークで食べるなんて、箸が扱えない子供みたい」
「私は長い物も巻くんだよ」
 汁に浮かぶ麺を一本捕まえるのは簡単なことではなさそうだが、フォークの扱いに慣れているのか特に困った素振りは見られない。これはこれで大したものだと思う。
 当然の帰結に時間を擁したのは、妹様への切り返しを考えていたからだろう。お嬢様にとっては墓穴を掘るのも遊びの一つ。その後の論理もへったくれもない展開は紅魔館の名物の一つである。
 どこまで狙ってやっているのかは不明。お嬢様は全て、としか答えない。間違いなく嘘だ。
「相変わらず面白いわね、貴女達」
 上品に汁を啜ったパチュリー様がため息と共に吐き出す。
 満足そうに口元に笑みを浮かべていたが、残念ながら汁が美味しかったからではないだろう。
「そういえば、咲夜は食べないの?」
 麺を粗方食べ終え、なるとをはむはむやっている妹様が唐突に話を振ってくる。
「従者は側に控えるものです。後で食べますよ」
 相変わらず面倒ねぇとのフランドール様の言葉に重ねるように、口の中で二、三言葉を付け加える。
 館の近く。具体的には門の辺りで、豪快なくしゃみの音がしたような気がした。


 ◇◆◇◆◇


「八坂様、洩矢様、お蕎麦出来ましたよ」
「ご苦労さん」
「蕎麦〜」
 台所へと現れた八坂様にお盆を手渡す。乗っている蕎麦は三杯、人の姿も三つ。何もおかしなことではないが、おかしくなくなったのはつい最近のこと。幻想郷に来るまでは、洩矢様はあまり姿をお見せにならなかった。直接姿を拝見するのは年に二度、三度といった程度だったろうか。
 とはいえ、どちらかというと私と常に共に居た八坂様の方が変わっているのかもしれない。その八坂様も、こちらに来てからは意識しないと神様であることを忘れそうになるほど気さくになった。
 親しみやすいのは良いことに間違いないのだが、さて。
 エプロンを外して手を洗い、八坂様から少し遅れて居間へと戻る。円形のちゃぶ台には、神様二人に混じって私の席も出来上がっていた。
「色々あったけど今年も無事に終わったわね。お疲れ様早苗」
「八坂様こそお疲れ様でした。初めての地、気苦労も多かったでしょう」
「話は後でね。いただきましょう」
 手を合わせて頭を下げる。暖かいものは暖かいうちに。食物への礼儀であり、会話より優先されるべき重要事項である。
 少々歪な蕎麦をずるずるとすする。私の腕はまだまだ褒められたものではなく、太さも長さもばらつきがあるため茹で加減もばらばらだ。
 だが美味い。向こうに居た時もそれなりに値が張るものを買ってはいたが、天狗様からいただいた蕎麦粉は明らかに香りが違う。頻りに感心していたら、外の世界は大変ね、と同情されてしまった。
 その時は曖昧に頷いたものだが、向こうには向こうの良さがある。科学に浸かった世界はこちらとは比べ物にならないほど快適で安全だ。
 早々に世界を支配する闇は抗いようの無い恐怖であり、妖怪は形を持った死そのもの。私も多少は力を持っているとはいえ、それらはいつ心を食い潰すとも知れないほどの脅威である。隣り合って暮らすにはいささか荷が重い。
「別にそうでもないわよ、多少予定外はあったけどそれも良い方向に転がってるし」
 箸をぴっと上に向けながら八坂様。この方は本当に食べるのが早い。私はまだ半分ほど残っているというのに、もう九割方無くなっている。
 早飯大酒芸のうちが持論だから当然と言えば当然か。神様なのだから芸の披露なんてしないで欲しいものだが、それ以上に私に芸を継がせようとするのは止めて欲しい。死ぬ。
「本当に良かったですね。八坂様の当てが外れなくて」
 私が八割弱を食べ切った時には、八坂様は既に箸を持ってすらいなかった。完食。
「何、私の言うことが信用できないって言うの?」
「いいえ、そうではありません」
 私が向こうに戻れないのは物理的な――もしくは精神的、あるいは概念的な――壁に隔てられているからに過ぎない。数年、数十年の後には自由に行き来出来るようになる可能性もゼロではないのである。
 だが、八坂様と洩矢様は段違いのレベルで行き来が出来ない。神が住居を移すというのはそれだけ重大なことで、二人には再トライの可能性が残っていなかったのだ。万が一こちらで信仰が得られないようなことがあったならば、遠くないうちに完全に力を失ってしまっていただろう。
「幻想郷についての調べは済んでたからね。私は美人で凄い神様だし、早苗も頑張ってくれたし、心配なんて何もしてなかったよ」
 ちゃぶ台に頬杖を付き、からからと笑う。私はもう見慣れてしまって自然な仕草にしか見えない。威厳ばらまくだけが神じゃない、という言葉通りだ。
「それに比べりゃ、諏訪子はチビだし蛙だし――」
 ごっ。どしゃー。
 突然の横滑り八坂様。手が頭に添えられているから、何かが凄い勢いで直撃したのかもしれない。まあ間違いなく洩矢様の突っ込みで、いきなり夫婦漫才を始める貴方方は本当に神様ですか。早苗はどこかで道を間違ってしまったのですか。
「こんの……! 正しいこと言って何が悪いのよ!」
「無駄にでかい図体してるからって可愛い私に嫉妬してんじゃないわよ!」
 立ち上がってぎゃーぎゃー言い始める二人。何とはなしに目を背けると、洩矢様もいつの間にか蕎麦を完食していた。お粗末様。
 二人の喧嘩はいつも不毛である。不毛な内容をわざと選んでいるのではないかと思えるほどに不毛。
 八坂様には八坂様の、洩矢様には洩矢様の魅力があるのだからどちらと言えるものでもない。そんな馬鹿正直な横槍を入れたところでどうにかなる訳でもないし、私はやっぱり蕎麦を片付けてしまうべきだろう。美味しいし。
「早苗! どう思う!?」
 我関せずで汁を啜り終わったところで、見計らったように高速で寄って来る顔が二つ。視界はそれらに埋め尽くされ、何だか生首を二つ見ているようだ。
「もう夜の帳も下りています。近所の妖怪さんの迷惑になるので静かにしてください」
「ごめんなさい」
 体積が半減する幻視。怪獣の如く大きく見えた体が穴の空いた風船のように元のサイズに戻っていく。
「まだまだ夜はこれからです。張り切るのはもう少し後でも構わないのではないですか?」
「……一時休戦よ諏訪子」
「仕方ないわね」
「何か仰られましたか」
「ごめんなさい」
 ぺこ、と頭を下げる二人。元々そうだったが、こちらに移ってから距離が更に近くなった気がする。
「…………」
「……あの?」
 頭が戻ってこない。ちゃぶ台を挟んで向こう側、手をついて頭を下げる姿はどこか土下座をしているようで。ただ座っているだけでも滲み出てくる尊大さが、不自然なくらいに感じられない。
「後悔、してない?」
「はい?」
「神奈――私達について幻想郷に来たこと」
「――――」
 あまりに突然さに言葉が詰まる。一瞬いつもの冗談かと思ったけれど、滲む雰囲気は冗談でも何でもなく。
 ずっと思っていたのだろうか。私に着いて来ることを強制してしまったのではないかと。
「…………ちょうど良い機会ですので言わせていただきます」
 びっくりだ。私のことなんて何でも知っていると思っていただけに。全能にしか見えない神様も、意外とそうでもないらしい。
「私は風祝の早苗」
 物心付いた時から、今までずっと。
 そして、これからもずっと。
「どこにいてもそれは変わりません。私自身が変わりたくないからです」
 義務とか使命感とか、そんなチャチな気持ちで続けられるほど楽な職ではない。それでも続けられる理由はたった一つ。、
「どうか、そんな寂しいことを仰らないでください。私はお二人のことが好きです。お二人と一緒に居たくて、私の意志でここにいるのですよ」
 気持ちと共に零れ落ちたきっと人生最高に違いない笑みは、近くにありながらすれ違っていた気持ちを結びつける魔法の糸。
 ゆっくりと顔が戻ってきて、視線が交じり合う。幽かに震える呆然とした二人の顔が無性に愛おしい。
「……早苗」
「はい」
 戸惑いがちに伸ばされた手。私よりほんの少しだけ大きい八坂様の手。掴もうと私も手を伸ばし、
「私も大好きーっ!」
「ふぇぇ!?」
 ちゃぶ台という障害をものともしない蛙ジャンプで洩矢様がすっ飛んできたせいでそれは適わなかった。そのまま首に腕を巻きつけられ、何も出来ずに押し倒される。
「も、もりやざま……苦し……」
「ちょっと諏訪子なにやってるのよー!」
 がっちり抱え込まれた体は私の意志で動いてはくれない。
 人間らしからぬ力でぎゅうぎゅう締め付けられ、命の灯火が見る見るうちに消えていく。それなのに洩矢様の暖かさばかりが心地良くて、何かしら騒いでいる二人の声が耳に心地良くて。
 ……ああ、また天狗様に怒られちゃうなあ。


 ◇◆◇◆◇


「あいよ、お待たせ」
 いつの間にか炬燵でくつろいでいた霊夢の前にお盆を置く。
「ありがとね――って何これ」
「蕎麦」
 笑いを噛み殺した弾みに、くくっと音が漏れる。そんな私を見る霊夢の視線は怪訝一色。何がおかしいのか全く理解出来ていないようだ。
「そうじゃなくて。夕飯も兼ねるから多めに作ってって言ったでしょ?」
「言ったけどさぁ」
 普段は気味が悪いほどの勘の冴えを持つというのに、自分のことに関しては呪いでもかかっているかのように鈍い。傍から見れば例えようも無く滑稽で、何故だか可愛らしい。だからだろうか。いや、きっと違う。どんな要素を挙げてみても、しっくり来るものは一つとしてありはしない。
「だったらどうして」
「私はね、霊夢」
 分かるのは理屈で説明なんて出来やしないということだけ。知識の名を冠する魔女も、月の頭脳と呼ばれ称される薬師も、裸足で逃げ出してうなされるに違いない。
「すんごい宴会の直前に腹いっぱい蕎麦を食うなんて酔狂な性格はしてないよ」





『大晦日の博麗神社、今年最後の百花繚乱』

 酒の匂いと賑やかな声に誘われ、訪れてみれば目を疑うような大宴会の真っ最中であった。
 常連に近い面子だけでなく、花の大妖、香霖堂の店主、もう一つの神社の神様、枚挙に遑が無い。当新聞をお読みの方ならば、紙面を飾ったことのある人妖全て、と書けばお分かりいただけるだろうか。
 一年を締めくくる大晦日、謀ったように神社を訪れた面々は余程暇だったのか、それとも年の締めくくりに主を一目見たかったのか。
 種族も年齢も関係無く、各々の顔に満面の笑みが浮かんでいる光景を目にすればどちらが解かは自ずと分かるというものだ。
 満点を付けてもまだ足りない笑顔が並ぶ中で、これだけの数を集めた本日の主役たる巫女の笑みが一際輝きを放っていた。

「書き出しはこんなところかしら」
 一度二度と目を走らせ、簡単に校正を済ませる。どうせ後でいくらでも変えられる部分だし適当で良い。こんなものより参加者の生の声を――
「見つけました。やはりここだったのですね」
 僅かな風斬り音と共に右手方向から声。散々聞き慣れた声だ、声の主など姿を確認するまでもない。
「見つかっちゃったか。ご苦労さん椛」
 気を揉んで隠れていたので探し出すにはかなり骨が折れただろう。どうせなら諦めて帰ってくれれば良かったのだが。
「労いの言葉など必要ありません。一秒も早く戻れとのことです」
 どれだけ聞いても違和感が付き纏う敬語、抑揚の無い口調。普段のいじめ甲斐のある椛ではなく、任務を帯びた白狼天狗の声。
「無理よ。今から宴会に乱入してたくさん取材しなきゃいけないんだから」
 一年に一度、最大最後の大宴会。これをみすみす逃すようでは新聞記者の名が廃る。
 お偉い様の説教など耳にタコだ。長時間拘束されるのは面倒だが、このネタなら丸一日拘束されてもお釣りが来る。
「射命丸様!」
 きちんとした仕事で来てくれたのは僥倖だった。椛が何を言ったところで、私がシラを切れば話は前に進まない。
 もしも椛の独断なら、下手をすれば共犯にされてしまう。
「椛は私を見つけられなかった。いいわね?」
「いくら射命丸様の言葉でも受け入れられません。お願いします、戻ってください」
 痺れを切らした椛が私の手を掴む。私達は永久に平行線だ、話し合いでまとまるはずも無い。
 ならばどうするか。簡単なこと、お互いに寄れば瞬く間に重なってくれる。
「なっ、ちょっと――」
 手を握り返す。
 もう何も聞かない喋らせない。これ以上死んだ言葉を吐かせてなるものか。
「良い機会だわ、椛も混じっていきなさい。びっくりするくらい楽しいわよあそこは」
「――――」
 まだ何かを言おうとしたらしい椛の言葉を掻き消すように急加速。くだらないしがらみを振り切るように全力で、素敵な巫女の待つ楽園へと。




霊夢とみんなの大晦日。あまり数を増やしても被りまくるだけなので諦め。
何か一部優遇されてる気もしますが気のせいです。気のせいですってば。
どう見ても三人称で書くべきですが気付くのが遅すぎました。配慮はしましたが読み辛かったでしょうだが私はあやではない。