「咲夜」
「はい、何でしょう」

 とあるよく曇った昼下がり。レミリアはテラスに出て、僅かに色を変え始めた森を眺めながら紅茶のカップを傾けていた。

「『主人公』って何?」

 唐突にぶつけられた質問に、咲夜は眉さえ動かさなかった。
 レミリアは常に気まぐれである。思いつきで突拍子も無いことをしようとすることも少なくない。
 だから、いきなりそんな質問をぶつけられても今更動揺することも無い。

 きっと博麗神社かどこかで耳にしたのだろうと咲夜は思う。真偽は定かではないが、そんなことは咲夜のあずかり知るところではない。
 咲夜がすべきことは主の質問に早く、正確な返答をすることだけである。

「事件や現象の中心人物、でしょうか。どちらかと言えば、それらの原因となった人物よりは解決に動く人物を主人公と言う事が多いです」

 時を止めて思考を走らせ、言葉をまとめてから答える。

「解決に動く人物……霊夢?」
「そうですね。何か事件を起こすのは大体人間以外ですから、それを調伏する役目を担っている霊夢は主人公に相応しいと思います」
「ふーん」

 問題の解決法が例外無く暴力であるどころか相手の言い分を聞こうとすらしない主人公は珍しいということを付け加えようか迷い、結局止めた。

「私は?」
「お嬢様、ですか」

 霊夢が主人公であるとして、レミリアは何にあたるのか。考えるまでも無い。
 レミリアがその役割に向いているなどというレベルではなく、それがレミリアのために存在していると言っても過言ではないほどにおあつらえ向きである。
 立場も能力も、雰囲気も性格も。見た目は少しだけずれているかもしれない。

「――ラスボスね、レミィは」

 建物内部とテラスを結ぶ扉の前から、突然の声。

「あら、パチェ」

 声の正体は、この頃ちょっと動き出した大図書館パチュリー。
 宴会で出会った半獣やら薬師と仲良くやっているらしく、最近になって知識の幅が無駄な方向にかなり広がっている。

「で、ラスボスって?」
「レミィのような――そうね、全てを圧倒する力と威厳と貫禄を持って多数の人を従えている人のことかしら。確固たる信念を持って、それのためには他を侵すことも辞さない人をラスボスと言うの。ついでに主人公と戦うことを義務付けられているわ」
「私は別に好んで人に喧嘩を売ろうなんて思わないけど」

 それでもレミリアにとっては誉め言葉なのだろう。よく見なければ分からない程度ではあるが、確かに頬を緩ませている。

「じゃあ私がラスボスの場合の咲夜やパチェの立場は?」

 思いがけない質問に、咲夜とパチュリーは目を見合わせた。僅かなアイコンタクトで意思を交換し合い、二人同時に口を開く。

「四天王よ(です)」
「へえ?」

 レミリアはほんの僅かな言葉しか――しかも意味など無いのだが――発していないものの、二人にはレミリアの意思がきっちりと伝わっていた。
 付き合いの長さ、深さの賜物である。

「ラスボスをやっつけにくる主人公と相対する四人のこと。ラスボスの部下の役職ね。私は部下になったつもりは無いけど」
「基準は?」
「ラスボス――お嬢様に対する忠誠心と、強さですわ。私とパチュリー様……それから美鈴と小悪魔でしょうか」
「やけに強さに差がある気がするんだけど」

 うちも人材不足かしら、と割と本気で呟くレミリア。
 それを見て、咲夜は色々と計画を練るのだった。訓練とかいじめとか調教とか。相手は言うまでも無い。

「いいのよそれで。四天王は全員が強い必要は無いの」
「どういうこと?」
「四天王っていうのは、言わば主人公の強さを測るものさし。全員が同じ程度の強さを持っているよりは、むしろ弱い者もいた方が役割としては適してるわ」
「ふーん」

 四天王はラスボスを守る騎士ではない。もしそうなのであれば、わざわざ一人ずつ出て行く筈が無い。全員で結集して戦った方が撃退できる可能性は高まるのだから。



「ところで咲夜」

 ふと、思い出したように言うパチュリー。

「何でしょう?」
「もうすぐ魔理沙とアリスが来るから、お茶の準備をお願い」

 パチュリーがレミリアを、正確には咲夜を訪れた本来の目的はそれである。
 延々と略奪を繰り返していた魔理沙も、アリスが魔理沙の本の返却をするようになったため正式に客として迎えられるようになっていた。
 そのため、今の紅魔館は平和そのものである。

「分かりました」

 いつもの簡単なやり取り。
 しかしレミリアには思うところがあったらしく、楽しげに笑った。

「レミィ?」
「私が図書館を乗っ取るという事件が起これば、それを解決しようとするあの二人は主人公なのよね」
「……本気?」

 レミリアの意図を理解し、パチュリーはさも面倒そうにため息をついた。
 しかし、レミリアが本気であることなど分かりきっていた。だからこれは確認ではない。止めようという制止。

「ラスボスの言うことは聞くものよ」
「やれやれ、余計な話するんじゃなかったわね」
「……なるほど」

 一瞬遅れて理解した咲夜は、どちらかと言えば楽しげに一人ごちた。弾幕ごっこなど、もう久しくしていない。
 相手方にとっては理不尽だろうが、少しばかり無意味な悪役を演じてみるのも悪くない。

「では美鈴に伝えてきます。今回は全力で撃退に向かえと」
「ああ、ちょっと待って。美鈴のところに行くのならついでに伝えて欲しいことがあるんだけど」
「何でしょう?」

 パチュリーは言うべきか言わざるべきかをしばし迷い、くすりと笑って決断を下した。

「やられてしまったら、アンデッドになってでも後ろから奇襲をかけなさいと」
「…………ふふふ、伝えておきます。ああ、それと――」

 咲夜はパチュリーを見定めるようにじっと見つめる。不思議そうに見返すパチュリーに向けて花が咲いたような笑みを向け、告げた。

「もしもの時のために薬を作っておこうと思いますので、先に魔理沙たちと戦っていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「ッ……好きにしなさい」

 瞬きをする間に、咲夜の姿は消えていた。
 しかしパチュリーは見逃していなかった。パチュリーだけに見えるように、挑発するように整った口元がつり上がっていたのを。

 残されたのはくすくすと笑うパチュリーと、咲夜の言葉に首をかしげるレミリアだけ。

「もしもの時って?」
「……魔理沙とアリスが調子に乗りすぎて重症者が出た時じゃないかしら。そんなことより、さっさと図書館に行きましょうレミィ。ラスボス様の玉座をこしらえないと」
「ちょっと、そんなに慌てなくても良いじゃない」

 不満げなレミリアを促し、足早に歩き始める。側にいるレミリアのことが全く気にならなくなるほど、パチュリーは一つの想いに思考が支配されていた。

「ちょっと待ちなさいって、パ……!?」

 文句を言おうとして、レミリアは思わず体を硬直させた。目の前の人物が誰であるか、本気で分からなくなったのだ。

「そんなに楽しみなの……? あの二人と戦うのが」

 パチュリーの表情は、戦うことに至上の喜びを見出す戦士のそれ。どう転んでも病弱な魔女が浮かべる表情ではなく、レミリアが初めて見る表情であった。
 想像すらしなかった表情を浮かべている彼女を別人だと思うのも無理は無い。

「さあ、どうかしら。……ふふふ、覚悟しなさい。私のとっておき、嫌というほど見せてあげるわ」
「が、頑張ってね」

 レミリアは分かっていないのだ。四天王が主人公と対する順番は弱い順だということを。
 そして、咲夜は自分が最後にいくと宣言した。それはつまり――

「何だか喘息の調子が良くなってきたみたい。今ならどんなスペルだっていくらでも使えそうよ」

 全身から膨大な魔力を撒き散らし怖い笑みを浮かべるパチュリーは、レミリアでさえ近付き難い威圧感を醸し出していた。





「へえ、パチュリー様がそんな風に。珍しいですね」

 図書館に備え付けられた椅子に座り、咲夜とレミリアは来るかもしれない時を待ち続けていた。

「そうなのよ、あんなパチェを見るのは初めて……って咲夜」
「はい」
「やけに楽しそうね」

 落ち着いた声とは裏腹に、その顔つきは普段の涼しい顔とはあまりにかけ離れていた。
 獲物を見つけた狩人のような、猛々しく燃え上がるような顔つき。
 まるでパチュリーが姿を変えて目の前にいるような、そんな馬鹿げた錯覚を覚える。

「ここのところ、館も平和でしたので。メイドたちが平和ボケしなくて助かります」
「それは咲夜の楽しさの何パーセントなのかしら?」
「そうですねぇ。一ミクロンくらいでしょうか」
「それは長さの単位」
「あら」

 会話こそ普通に成り立っているものの、その空気はこれ以上無いほどに張り詰めていた。
 原因は言うまでも無く咲夜である。とぼけたようなポーカーフェイスが常の彼女が感情を隠そうともしないことは相当に珍しい。

「張り切りすぎて業務に支障をきたすなんてことの無いようにね」
「私は大丈夫ですよ、圧倒的に勝ちますから。業務に支障などありません」
「言うね、なかなか」

 くっくっと楽しそうに笑い、咲夜が淹れた紅茶を音も無く啜る。味も香りも普段通り。さすがである。

「……咲夜」
「ええ。パチュリー様は敗れたようですね」

 多数の弾が壁を削る音、メイドたちの悲鳴、魔砲による振動。
 それらがあからさまに近付いてきていた。二人のいる図書館の扉が開かれるのも、もう時間の問題でしかない。

「行ってきなさい」
「仰せのままに」








「ようレミリア。後はお前だけだぜ」
「全く、面倒なことさせてくれるわね。私たちは本を読みに来ただけだっていうのに」

 図書館に備え付けられた即席の玉座に座るレミリアの前には、多数のメイドと四天王の四人を打ち破った魔法使いが二人。
 僅かに服が破けているものの、両者の表情には疲労の色はさほど見られない。
 さぞかしボロボロになって来るだろうと思っていたレミリアは、その姿が不思議でならなかった。

「……二人とも、やけにピンピンしてるね。うちの四天王はそんなに弱かった?」
「私たち二人が本気でやって相手になるヤツなんてそうそういないぜ? 手荒な歓迎は久しぶりだからな、思う存分やらせてもらった」
「それにパチュリーも咲夜も、あまり動きが良くなかったわよ。パチュリーは喘息で咳が酷かったし、咲夜は疲労か何かで判断が悪いし。気で無理矢理体を動かしてまで襲ってきた美鈴の方が余程やっかいだったわ」

 口にはしなかったが、二人は咲夜との弾幕ごっこの前に「消耗しているあなたたちに勝っても嬉しくない」との理由で渡された咲夜の薬によって体調を完璧に回復させていた。
 体力も魔力も何もかもを百パーセントまで回復させるそれは、魔法使いである二人から見ても奇跡としか言いようが無い代物。
 作り方を訊ねても当然のように教えてはもらえなかったが。

 また、二人は紅魔館屈指の実力者である咲夜とパチュリーに対しても、しっかりした対策を立てて臨んでいた。
 出来る限り少ない消費で倒せるように、体力ではなく意識を刈り取る方向で作戦を立てたのだ。
 作戦は成功。何か罠があるのではないかと疑ってしまうほどの大成功であった。
 そのおかげで、咲夜にもパチュリーにもダメージらしいダメージはほとんど無い。そう遠くないうちに目覚めるだろうし、必要とあらば戦うことも出来るだろう。

 パチュリーと咲夜を最低限の労力で退けたこと、咲夜の薬。
 それらのおかげで、魔理沙もアリスも大した消費は無い。

「動きが悪い、だって……?」

 聞き捨てならない言葉に、レミリアはピクリと眉を動かした。

 レミリアでさえ凌駕しそうな貫禄を振りまいていたパチュリーが、喘息で実力が発揮できなかったという。
 確かに喘息の発作は急に起きるものではあるが、あのパチュリーはそういう問題を軽く超越していた。体調が悪くなるとは到底思えない。

 一方、咲夜は疲労が溜まっていた、と。
 確かに咲夜は普段から働きすぎではあるが、明らかに判断が鈍るほどの疲労が蓄積されている筈がない。それほどの疲労があれば業務に支障が出るし、どんなに隠してもレミリアが気付くに決まっている。
 何より、あんな顔つきをしていた咲夜が疲労ごときに足を引っ張られるとは考えにくい。

 明らかに不自然であった。
 急に異常なほどのやる気を示したことといい、揃って全力を発揮できなかったことといい、レミリアの知らないところで意思疎通が行われているのではないかと思えるほどに。

「まあ、いいか。後でじっくり聞き出せばいい」

 何か理由があるのかもしれないが、今のレミリアにとっては瑣末であった。
 ボロボロになった相手に引導を渡すより、無傷の相手を打ち砕いた方が楽しいに決まっているのだ。
 レミリアは目の前の二人に全力を注ぐことを結論とし、それ以外の全てを頭から振り払った。

「待たせたね、二人とも」

 にわかに空気が軋みだす。スカーレットデビルの圧力が、物理的なものとなって二人を襲う。

「ヒュウ、さすが。全力でいかせて貰うぜ、大怪我しても文句言うなよ?」
「やれやれ。私は本を読みに来ただけだって何度言えば分かるのかしら」

 二人も負けじと全身に力を巡らしていく。
 個々の力では劣るものの、総合的な戦力ではレミリアを少し上回っていた。いくらレミリアが紅魔館を束ねる絶対の王であるといっても、指折りの実力を持つ魔法使い二人が相手ではやや分が悪い。
 しかし、レミリアには五百を超える歳月を積み重ねた経験と、二人には無い圧倒的な身体能力がある。どちらか一人を戦闘不能に出来れば、天秤は一気にレミリアへと傾くだろう。

 どこか遠くから、金属同士が噛み合うような甲高い音が響いてきた。
 それを合図に、三人が同時に床を蹴る。
 幻想郷でも稀に見る、手加減抜きの大勝負――






 その後静かになった紅魔館には、ビリビリに破れた布を身に纏い、体力という体力を使い果たして死んだように眠る少女が五人ほど倒れていたとかいないとか。











 後書きという名の恥晒し

 えー、色々と思うところがあってリメイクしたわけですが、お楽しみいただけたでしょうか?
 リメイクの際の留意点は以下の辺り。

 1.蛇足部分(れみりゃと壊れ咲夜さん、フラン云々)を消す
 2.FF4を知らない人が違和感を感じないように
 3.咲夜&パチュリーが何やってるのかわかりやすく

 1は消すだけなのですぐ終了。れみりゃ部分が後半の咲夜の伏線に出来ればいいんだけどルビカンテと幼女狂いは結びつかないし……。
 2は結局出来ませんでした。咲夜が奇跡の薬を作れる理由はFF4を知らなきゃ分からないと思われ。咲夜がパチュリーを挑発する台詞もかなり妙になってしまいました。難しい。
 3に関しては完全に失敗。やたらと説明臭い面白みの無い文章にしかなりませんでした。やっぱり「金属同士が噛み合う音」じゃエレメンタルハーベスターとさくやんナイフの激突はイメージできないか。
 当初の予定通りメッセージ欄を「エレメンタルハーベスターとソウルスカルプチュアってどっちが強いんでしょう?」にするべきだったなぁ。小悪魔は完全に順番間違えてるし。


 ところで、パロディSSは「元ネタ知らないと面白くないけど知ってたら超面白い」ものと「元ネタ知らなくても面白いし知ってたらかなり面白い」もののどちらがいいんでしょう?
 よろしければご意見をお聞かせくださいませ。

大失敗のパロネタ。
ちょっと使うならともかく、メインに据えると相当大変です。ギャグしてる訳でもないし。
うちのパチェは割合好戦的。