赤や黄に染まった葉はそのほとんどが地に落ち、カラカラに乾いて踏む度にバリバリと軽い音を立てる。
 葉を落として裸になった木々はそれでも変わらず枝を伸ばしており、見ているだけで寒々しい。
 そんな冬一歩手前の光景の中に溶け込むように在る博麗神社では、霊夢が冬支度の第一歩としてとある物を準備していた。

「うん、こんなところかしら」

 両手を腰に当て、霊夢は満足げに頷いた。
 一年を通して使っている正方形の机には布団が挟み込まれ、蜜柑の入った籠が机のぴったり中央に準備されている。
 やや厚手のその布団からは、干した直後特有のお日様の匂いが漂う。大きな皺や汚れも見当たらないそれには、満を持しての登場という言葉がぴったりと当てはまった。

 説明するまでも無いだろう。
 居間の中央を占拠し、数多の人を虜にする魔性の器具。こたつむりと呼ばれる不思議生物を量産する、冬限定のパラダイス。
 暖かさと居心地の良さを同時に提供するそれは、名を炬燵という。
 まだ熱は入っていないものの、そこにあるだけで思わずもぐりこみたくなる魅力を放っていた。

「おお、炬燵じゃないか。そういえばもうそんな季節なんだな」

 早速炬燵に入って一服しようと茶を準備していた霊夢は、外からの声に振り返った。

「……ったく、本当に都合のいい時間に来るのね、あんたは。もう少し早く来れば準備させてあげたのに」

 声の主は魔理沙。高速飛行が生む風が最近冷たくて堪らなくなってきたので、首にマフラーを巻いている。

「魔法使いの勘だぜ」
「そんなのあったっけ?」
「あったんだよ」

 マフラーを傍らに放り出しながら、魔理沙は当然のように炬燵にもぐりこんでいた。その動作はまるで何年も前からの指定席に座るように自然である。

「ん、まだ火は入ってないのか? 相変わらず貧乏だな」
「うるさいわね、炭の買い置きが無かっただけよ」

 急須と湯飲み二つを机に置き、霊夢も炬燵の中へと足を入れる。

「む」
「ん……?」

 当然、伸ばされていた魔理沙の足が邪魔になるわけで。

「人の炬燵で足を伸ばそうなんていい度胸ね、魔理沙」
「勝手知ったる、だぜ。こういうのは早い者勝ちだろ?」

 差し出された湯飲みに目もくれず、魔理沙はニヤリと笑ってみせる。

「……へえ」

 魔理沙の反応を見た霊夢は、怒るどころか弄り甲斐のある玩具を見つけた子供のように目を輝かせ――

「違うわね魔理沙。勝った者勝ちよ」

 投げ出された魔理沙の足に、思い切り蹴りを入れた。

「痛ぅ……! さすがだな我がライバル!」

 魔理沙も負けじと蹴り返す。

「誰がライバルだ誰が!」

 霊夢も蹴り返す。

「こんなこと付き合ってくれるのはお前だけだぜ!」

 蹴り返す。

「ちょっと、あんたと一緒にしないでくれる!?」

 蹴り返す。

 お互いに全力。お互いに引く気無し。両手は机をしっかとつかみ、睨み付ける眼光は敵意を隠そうともしない。
 もう少し年長同士の争いになると、表面上だけはきっちりと取り繕うようになる。落ち着いた表情で蜜柑の皮をむきつつ、フェイントや駆け引きさえ交えたハイレベルな争いを水面下で展開するのだ。そういった点では、霊夢も魔理沙もまだまだ子供であった。
 尤も、職業や生活環境の関係上、成熟した大人の心境が常の二人である。こんな時くらいは年相応の少女に戻っても罰は当たるまい。


 そして、決着がつく。



「参った。今日の所はおとなしく引き下がることにするぜ」

 あちこちがジンジンする足を曲げて霊夢に空間を提供しつつ、魔理沙は言った。
 足が痛くて熱い。そして何より、蹴り蹴られを続けたことによって全身が熱を帯びていた。炬燵に入っている必要が全く無いほどに。

「最初からそうしてればいいのよ」

 霊夢の声は涼しげであるが、額にはうっすらと汗が滲んでいた。出したばかりの炬燵の中で動き回れば当然そうなる。
 正直なところ暑い。炬燵に入っているのが馬鹿らしくなるほどに暑い。
 それでも炬燵の中で足を伸ばすのは、先に炬燵を出た方が負けという暗黙の了解があるからである。

「なあ霊夢」

 霊夢に、魔理沙は苦笑しながら声をかける。

「うん?」
「暑くないか?」
「暑い」

 あんたも同じでしょと目で訴える霊夢に、魔理沙は苦笑を深めることで返事とした。
 そして、二人同時に足を抜く。火照った足を、少し冷たい風が撫でた。

「おー、風が気持ち良いぜー」
「油断すると風邪引くわよ」

 魔理沙に向かってタオルを放る。魔理沙は不意打ち気味のそれを難無く掴み、ありがとな、と目も合わさず呟いた。どういたしまして、と答える霊夢も魔理沙の方を向いてはいない。
 数え切れないほどに繰り返すうちに、礼とその返答という本来の意味を失ってしまったのかもしれない。
 礼儀があるのか無いのかさっぱり分からない光景ではあるが、不思議と付き合いの深さを感じ取れる暖かさがあった。

「ところで霊夢」
「何?」
「そんな真夏みたいな格好して寒くないか?」
「ほっとけ」



正に毒にも薬にもならないといった感じのSS。感想書けと言われると最も困る部類ですね。
でも書いてる分にはこういった気楽なものが一番楽しいです。
SSだからこそ認められる――かどうかは分かりません。少なくとも一次創作では認められそうに無いですけれども。