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 目が覚めた。
 異常に気付いたのは同時。
 布団を跳ね除け、倒れこむように障子へ駆け寄りそのまま開く。
 吹き付ける風は襦袢しか着ていない私にはあまりに冷たすぎるが、それを感じて震える余裕などありはしなかった。

「これはまた……とんでもないわね」

 思考にフィルタをかけている僅かな眠気を、思い切り体を伸ばすことで外へと追い出す。
 そして脱力。
 瞬き。
 深呼吸。

 オーケー、私はしっかりお目覚めだ。
 快調極まりない体はきちんと眠ったことの証。目覚めたばかりのお腹の中は当然空っぽで、心地良い空腹感と元気に鳴く腹の虫がそれを証明してくれる。
 まさか身の回りに時計が無いことが仇になる日が来るとは思わなかった。勝手に押し掛けては不便だと嘆くレミリアの言葉を少しは聞いておくべきだったか。

 辺りは一面の闇。空を見上げれば、澄んだ空気に星と月。
 耳には秋の虫の大合唱。私の腹の虫も元気だが、多勢に無勢で対抗しようも無い。
 にわかには信じ難いが間違いない。夜が明けるだけの時間は経っているのに、世界は未だ夜のまま。
 何処か遠く、強大な力が感じられる。

 異変が起きている。



 膨張を続ける力を目指し、夜の空を往く。
 空に浮かぶ月は高い。隠しようも無い膨大な力を用いて、何らかの術式で夜を止めているらしい。
 さっさと終わらせよう。
 腹の虫は元気を通り越して不満たらたらだ。冷たい風に晒される肌は鳥肌に覆われ、普段のすべすべ感は見る影も無い。

 犯人。いくらか心当たりはあるが不明。
 動機。知ったこっちゃない。
 解決法。叩きのめす。
 いつも通りだ。何の問題も無い。



 夜の竹林は、異常な夜長にはしゃぐ妖精達の遊び場になっているようだ。何が楽しいのか、道を塞いでは弾を撃ってくる妖精を撃墜しながら前へと進む。
 切れ目が無いのは鬱陶しいが数はあまり多くない。私が落としている妖精より、既に落とされて転がっている妖精の方が多い。初物好きは人間も妖精も同じか。
 先を往く、だからこそ多数の妖精に足止めされている犯人に追いつくのは容易だった。

「ちょっと待て!」

 心当たり第何号と想定外。

「何だ、何時までも夜が明けないからおかしいと思ったら、魔理沙の仕業ね」

 とりあえず懲らしめて、それから術を解除させて、魔理沙の家で朝食をたかれば終わりだ。アリスが隣にいてもそれは変わらない。
 ゴールは見えた。早いところ終わらせよう。

「おい、誤解だ。悪いのはこいつ一人だぜ」
「何よ。あんたも同罪でしょ?」

 あれ?

「犯人は魔理沙じゃないの? これ、アリスがやってるわけ?」
「うむ。実はその通りなのだ」

 腕を組み、お辞儀にも見えそうな程に深く頷く。

「私はアリスがどうしてもって言うから付き合ってやってるだけだぜ。グリモワールなんて貴重品抱えてドア叩かれちゃあな」
「それはあんたら人間がさっさと動かないからでしょ? あんな偽物で月光浴しろって言うの!?」

 芝居染みた大きな身振りに余裕が感じられる魔理沙とは対照的に、アリスはもう熱くなっている。冷静な奴だと思っていたが誤解だったみたいだ。
 それとも、魔理沙と対しているからだろうか。

「すればいいじゃないか」
「なっ……! あんた今自分が何てこと言ったか分かって――」

 魔理沙には一緒にいる人の素の感情を引きずり出す面倒な魔法がある。主な被害者はきっと私。
 折角クールビューティーさんを自称して――はいないが、魔理沙のせいで台無しだ。いつか訴えてやる。

「大体ね、あんた無駄に飛ばしすぎなのよ! 少しは落ち着いて物を考えられないわけ!?」
「考えてるぜ。動きながら」

 どうでもいいことを考えていた私の前で、急速に場の温度が上がり始めていた。
 アリスの声量が増していくと共に、魔理沙の顔が段々険のあるものへと変わっていく。

「そういうのを行き当たりばったりって言うの! さっきから適当に彷徨ってしばき倒してるだけじゃないのよ! 私の魔力にも限りがあるって何度言わせるの!?」
「お前何もしてないんだから別にいいじゃないか。文句ばっかり言うなら帰ってくれていいぜ、人形だけ置いてけ」

 ぶちんと音。
 魔理沙の言葉通り人形を操っている糸を切り離した、とかそういうことではないのは言うまでもなく。

「……やれやれ」

 聴覚をカット、した気になる。意識して聞き流さないとアリスの声で耳が潰れそうだ。耳と脳をぐちゃぐちゃにしそうな大音量の罵詈雑言を思考の外に追いやりつつ、これからどうするべきかと頭を捻る。

 一つ、放って帰る。
 何がしたいかは知らないが、あの二人ならそう大変なことにはなるまい。弾幕ごっこをしてまで止める必要は無さそうだ。
 が、そんな道理を引っ込ませるのが怒り狂う腹の虫とぶつぶつのお肌である。わざわざ出て来たのに早とちりでしたと引き返すのは私自身も納得がいかない。
 よって却下。

 二つ、終わるまで待つ。
 論外だ。
 喧嘩をしている馬鹿二人がいると集まってきた妖精が怯えて逃げ出すほどに熱くなっているだけに、ちょっとやそっとでは終わるとは思えない。そんなに長時間待たされては空腹と寒さとイライラで私がダウンしてしまう。
 却下却下。

 三つ、乱入する。弾幕ごっこ的な意味で。
 やはりこれだろう。
 妖怪は人間に退治される。迷惑な奴は私に退治される。実に分かりやすい。

「そこの二人! いつまでも喚いてないでさっさと術を解除しなさい!」

 二人の言い争いがぴたりと止まる。四つの目がこちらを向く。
 殺気立つのは勝手だが、そのままの目で私を見るのは止めて欲しい。とんだとばっちりだ。

「五月蝿いぞ霊夢、ちょっと黙ってろ!」
「今立て込んでるの! 用があるなら後にして!」

 ……ほう。
 傍迷惑なことやっておいて、言うに事欠いてそんなこと言うのかお前ら。
 見れば、二対の視線は既に互いを捉えなおしている。
 私は蚊帳の外か。外なのか。

 知ったことか。

 邪魔な蚊帳は破れば良い。
 とにかく寒いのだ。お腹も減ったのだ。終わりの見えない痴話喧嘩など待ってられるかというのだ。

 掴めるだけの札と、持てるだけの針に霊力を込める。同時に、一息に生み出せる最大量の陰陽玉を展開。
 普段の数倍の量だ。避けることなど出来るはずがない。

「私を放り出して盛り上がってること、少しは反省しなさい……!」

 ひゅんひゅん。しゅんしゅん。ばらばらばら。
 数え切れない無機質な風切り音は、集まり結合して咆哮と化す。
 現れたのは文字通りの壁。進行上にある全てを巻き込み叩き潰して押し流す、空を行く津波だ。

「――チッ。例のアレだ、文句は無いな。ぶっつけだからってしくじるなよ」
「誰に向かって言ってるのよ。自分の心配だけしてなさい」

 二人へと向かっていく轟音をすり抜けて、無駄に大きな罵声とは打って変わった落ち着いた二人の声が耳に届く。
 自分と相手とを確信している。成功の未来を微塵も疑っていない。

「これを防ぐつもり……? 馬鹿言うんじゃないわ」

 だが、繰り出した津波は超密度の霊気の塊。私とて間に合わせの結界では防げる代物ではないし、魔理沙のマスタースパークであっても難無く呑み込んで終わりだ。
 けれど二人は、あれの威力を過不足無く感知したであろう二人は、それでもなお問題無いと言ってのけた。
 一人ならともかく、二人して強がるとは思えない。何か策があるとでもいうのか。

「そういえば――」

 思い出す。
 いつか魔理沙は言っていた。
 普段弾幕ごっこで用いる両の掌から放つマスタースパークはただの魔力の奔流であり、本来の威力はとても望めない間に合わせなのだと。
 八卦路を触媒にして、魔力を光と熱に変換して放つ大砲が本物なのだと。

 香霖堂謹製の八卦路は今の魔理沙のではまともに制御出来ないじゃじゃ馬で、だからその本物には未だ名前すら付いてない。
 『今の』を殊更に強調して気合を入れた魔理沙は、その後でこう言ったのだ。

『多分、アリスなら出来るだろうな。物に通した魔力の制御に恐ろしく長けてるから』

 悔しそうな、羨ましそうな魔理沙の表情が頭に浮かんだのと、桁の違う魔力を感じたのは同時だった。

「……っ」

 物理的な干渉とはベクトルの違う寒気が体を内側から蹂躙していく。首の後ろ辺りで生まれたそれは瞬く間に爪先まで到達し、脳より先に全身に命令を下していた。
 回避。回避。回避しろ。
 津波に阻まれて二人の姿は見えないが、それは向こうも同じこと。とにかく、出来るだけ遠くへ――


 ◆◇◆◇


「……ふぅ」

 手元の八卦路が光を失っていく。籠めた魔力をすっかり放出し切ったそれはまだ仄かに熱を帯びていた。
 八卦路を支える手は四つ。二つは私、

「ふぅ、じゃないわよ馬鹿」

 もう二つは馬鹿馬鹿言うのが趣味であるらしい今宵の相棒。

「何だよ。失敗なんてしてないだろ?」
「もっと出力絞りなさいって言ってるの」
「私は普通にしかやってないぜ。勝手に増幅するこいつがおかしいんだ」

 熱の残り香を発散した八卦路を懐に直しつつ、長く息を吐き出す。
 想像以上だった。篭めた魔力を変換だけでなく増幅までするらしい。日常生活に使っている時には見られなかった特性だ、一定量の魔力を篭めてやらないといけないのだろう。

「私の精一杯並のマスタースパークが『普通』か。あんたも十分異常よ」

 私の魔力の総量はアリスに満たないが、最大出力は圧倒的に大きい。これだけは幻想郷でも屈指と自負しているが、強いヤツに限って底を見せないから実情は不明。

「まあその程度なら制御し切る自信はあったけど……その八卦路、本当にとんでもないのね。魔理沙が持て余すのも頷けるわ」

 自分が扱うより遥かに多い、それも他人の魔力を制御するのはいくらアリスでも骨が折れるだろう。
 事実、平静を装っているアリスの魔力は乱れ切っている。こうして宙に浮いているだけでも辛いだろうに。

「……悪い。無茶させたな」
「無茶させられたのよ。感謝しなさい」
「ありがとな。見事だった」
「魔理沙に言われると気持ち悪いわね」
「おい」

 どんなに分かりやすくても、表に出さないのは触れて欲しくないことと同義だ。それがアリスという人ならば、私はそれに応えるだけ。

「とにかく、威力は十分ね。魔理沙が出力をちゃんと調整してくれれば使い物になりそうよ」
「でもちょっと範囲絞りすぎじゃないか? もうちょっと広げた方が当てやすいのに」

 先の砲撃、私を余さず覆うより一回り大きい程度でしかなかった。マスタースパークの半分にも満たない。その分威力は比べ物にならないが、当たらなければそれも無意味である。

「そりゃ、確かに広げれば当てられるだろうけど。さっきのは当てなかったのよ」
「はあ?」
「いくら強いって言っても、霊夢だって人間なのよ? マスタースパークが直撃して無事なのも信じられないっていうのに、あんなもの当てられるわけ無いでしょう」
「……あ」

 アリスとの口論でカッとなっていて半ば反射で放った一撃が、ようやく私の中で認識される。
 まずい……!

「やっと分かった? マスタースパークでさえ反則ギリギリなんだから、出力を絞らないとクレームどころか取り返しの付かないことに――」
「そうじゃない。霊夢――」
「呼んだかしら」

 ……あーあ。

「無事だったのね。出来る限り範囲を小さくしたから大丈夫だとは思ってたけど――」
「夜を止めてるのはあんたねアリス。おしおきよ」
「……後ろを見てもなんとも思わないの? あれだけ歪んでればあんたにも分かるでしょう」
「あの月もあんたの仕業? おしおき倍ね」
「だから!」
「止めとけ。無駄だ」

 食い下がるアリスの掴む。
 睨むようにこちらへと視線を向けたアリスに、肩を竦めて首を振ってやった。

「…………なるほど」

 目を細めて私を凝視すること少々、小さく舌を打って溜息を吐いた。
 話が早くて助かる。どうせならここに辿り着いてしまう前に気付いて欲しかったものだが、私も同じだから文句は言えない。

 異変を感じて慌てて駆けつけてみれば犯人が勝手に喧嘩を始め、止めに入ったら致死量の攻撃が飛んできた。
 確かに理不尽極まりない。真夜中に突然の出勤を余儀無くされてただでさえ不機嫌だった霊夢が、こちらの話を何も聞かなくなるほどに怒るのも頷ける。

「集中しろ。油断すると一瞬で喰われるぞ」
「ええ」

 神社で暴れまわるレミリアやら萃香やらを青筋立てて追い掛け回す霊夢はちっとも怖くない。むしろ微笑ましいくらいだ。
 幻想郷を揺るがすような大事件が起きた時だけ霊夢は本気になる。何かが裏返ったかのように別人と化し、普段とはかけ離れた紅白型残酷巫女が姿を見せる。何だかんだで幻想郷好き好き少女である。

 この霊夢はとにかく容赦が無い。暢気に相手と会話をしているようで全くしていない。無条件降伏を突きつけ、仮に受諾しても叩きのめす。冗談も通じやしない。
 やたらと強い上に全く面白みが無いので戦うのは極力避けたいのだが、話を聞いてもらえない以上それも叶わない。

「絶対に無茶するなよ」
「魔理沙にだけは――」
「アリス」

 かなり整ってきたものの、アリスの魔力は乱れたままだ。人間の私とは体の出来が違うだろうが、無理をしていい状態ではない。

「頼りにしていいのね」
「……任せろ」

 一歩前に出る。私たち二人を漠然と捉えていた霊夢の視線が私へと集まってくる。
 殺気は微塵も感じない。怒気も無ければ戦意すら無い。何も無い霊夢はただ冷たくて、どんな闇より冥くて怖い。
 二対一とはいえ分は悪い。まだ六割近く魔力を残している私はともかく、アリスは永夜の術で手一杯だし調子も戻っていない。

「夜を止めたのも、そこの歪んだ月も、お前の冬服が箪笥の奥にあるのも、全てはアリスがやった。分かったらそこをどけ霊夢!」

 宣戦布告の言葉がどこか遠く、他人事染みていたのは気のせいだ。
 だからほら、私はこんなにも力がみなぎっている。
 箒を握り締める。手放してしまわないように、ぎゅっと、ぎゅっと。

「ふぅん、そう。あんたらは何匹目の妖精かしら。数えるのも面倒ね」
「あんたが百五十五匹目の妖精よ、霊夢」

 すぐ隣から声。凝り固まった空気をほぐす、力の抜けた涼やかな声。

「何だ、任せるって言った割にえらいやる気じゃないか。霊夢に何か恨みでもあるのか?」

 いつの間にか隣に並んでいたアリスに視線を投げる。顔には私を励ますようならしくない笑顔。
 守るべき対象に心配されたのでは形無しだ。
 けれど私はその程度でしかなく、そしてそのことをアリスは私以上によく知っていたらしい。

「返すべき借りならある。けどあんたに借りを作らないことの方が重要よ」
「残念だ」

 クリアな思考と滑らかな口を取り戻したところで、先程までの自分が見るも無残な状態だったことにようやく気付く。

「私のことなんて気にしないで暴れなさい。粗は私が埋めてあげるから」
「重箱の隅を突くのが得意だもんな」
「……いつかしばく」

 アリスは私と違って賢明だ、引くべき時は私を捨ててでも引いてくれる。何の心配もしなくていい。
 思い切り集中しよう。矢面に立って未知を切り開くのは私の役目だ。

「さぁ! 終らない夜は、ここでお終いよ!」

 体は軽い。懸念も無い。
 雨のような弾幕をくぐり抜け、人の話を聞かない悪い子退治にいざ行かん――


お題「少女綺想曲聞いていて思ったのですがあの全体的にある冷たさなんだろう、そこをテーマになにかひとつ!」
元ネタはPS3で出させてもらえなかったらしいアレ。
永夜抄での弱体化といえば咲夜がよく上げられますが、アリスも結構なものだと思うのです。
霊夢の恐ろしさはガチ。あまり無機質にならないよう頑張ってみたものの、さてどうでしょうか。