「あなたが伊吹萃香?」
「来訪が急なら台詞も急ね、悪魔の妹さん。人の名前を訊くときは自分が先に名乗るのがマナーってものよ?」
「何よ偉そうに、このチビ!!」
「なっ、なっ……!」
「……相変わらずね、あんたの所の妹様は」
「そっちの鬼さんこそ」
咲夜と霊夢は顔を見合わせて苦笑した。
事の発端は数時間前の紅魔館。最萌の一回戦にレミリアを送り出した後のこと。
「ねーねー、咲夜ぁ」
「はい、何でしょう」
フランドールが持っているのは最萌の組み合わせ表。となると、質問は一つしかない。
「私の対戦相手のこいつ、誰?」
「妹様の対戦相手、ですか? それを見せていただいてもよろしいでしょうか」
トーナメントの参加者である咲夜が知らないはずは無い。それでも紙を見て答えるのは、彼女がメイドだからである。
「名前は息吹萃香――数ヶ月前から博麗神社に居候している鬼の子供ですね」
「……鬼?」
咲夜の言葉に、フランドールは目を丸くした。鬼はずっと昔に幻想郷から去って行った――そうパチュリーから聞かされていたからだ。
「詳しくは知りませんがどうやら本物の鬼みたいです。何故博麗神社に住んでいるかは分かりかねますが」
「鬼、かぁ」
フランドールの中の好奇心がむくむくと膨らんでいく。本当は姉であるレミリアを応援しに行く予定だったのだが、鬼という謎の生き物を見ていたいという誘惑には抗えない。
「ねぇ咲夜」
「はい、何でしょう」
「その鬼に会いに行くわ。付いてきて」
「――かしこまりました」
当然のように、咲夜は頷いた。
「大体こんな所。納得いったかしら?」
「面倒を引き連れてくるのは止めてくれないかしら」
さも面倒そうに頭を手で押さえながら、霊夢は呟いた。
「メイドとしては理由も無く意見を述べるわけにはいかないのよ」
「レミリアの応援は理由じゃないのかしら?」
霊夢の言葉には耳を貸さず、咲夜は口論になっている二人の方へ目を向けた。つられるように霊夢もそちらへと目を向ける。
「あんたの方が絶対チビよ!」
「何よ、あなたの方がチビに決まってるでしょ!」
微笑ましいといえば微笑ましい、何とも分かりやすい口論が二人の間で展開されていた。
「角の分だけ私の方が背が高い!」
「角なんて飾りでしょ!? そんなのが身長に入るわけ無いじゃない!」
「残念、これは飾りじゃなくて私の体の一部。身長に入るに決まってるでしょ?」
「こ、の――――!! それなら、私だって――!」
そう言うと、フランドールは翼を空に向けてピンと立てた。
「この翼も私の体の一部。あなたの理屈ならこれも身長に入るはずよね?」
「――――!!」
いや、それは違うだろうと突っ込みたくなる霊夢と咲夜。もちろん、口出しなどしないのだが。
「どうしてあの鬼はチビって言われるとあんなにカッとなるのかしらね」
「さあ? 本人に聞いてみれば?」
「遠慮しておくわ」
宴会で常にからかう側だった萃香が抱えていた密かな弱点。それが身長だった。今ではすっかり妖夢と並んでからかわれる代表格だったりする。
「……もういいわ。あんたとの格の違いを見せてあげる」
そういって萃香は一枚のスペルカードを取り出す。フランドールは知らないのだが、宴会でもちょくちょく出されるそのカードは――
「これを見てひれ伏すがいいわ、フランドール・スカーレット!!」
――鬼符「ミッシングパワー」――
「何よ、それ。反則よそんなの」
突如巨大化した萃香を見上げながら呆然と呟くフランドール。嘘だ、信じられない、と目が語っている。
「くすくす、観念した? 切り札は最後まで取っておくものなのよ」
得意気に、自分の勝ちを確信する萃香。スペルカードで一時的に巨大化しているだけで身長とは何の関係も無いのだが、渦中の二人は全く気が付かない。
「いい顔よ、あんた。これに懲りたら二度と私に逆らおうなんて思わないことね」
勝ち誇った瞳がフランドールを見下ろす。その目を睨み付け、フランドールは逆転の一手を懸命に探す。
「クランベリートラップ、レーヴァテイン……」
自分のスペルカードを一枚一枚思い描く。このまま引き下がるわけにはいかない。負けを認めてしまうわけにはいかない。
「どんなに頑張っても無駄よ悪魔。巨大化は鬼の特権、あんたに出来るわけ無いわ」
萃香の言葉を無視して、フランドールは思考に没頭する。
考えろフランドール、今必要なのは身長じゃない、純粋な高さ。例え巨大化が出来なくても、何か手段はきっとある。考えろ、考えろ――!
「……見つけた」
ニヤリ、とフランドールは笑う。目には輝き。表情には自信。
「あなたの負けよ。古臭い鬼なんかに私が負けるわけないんだから!」
高々とカードを掲げ、発動。絶対の自信をもって選び抜いたそのカードは――
「……っくくく、何よそれ」
萃香の口から漏れるのは嘲笑。不敵に笑うフランドールを見上げながら、萃香は笑いを抑えられない。
「あっはっはっはっははははははは! 何よそのトーテムポール! そんなのが身長のはずないでしょ!? 悪あがきもいいけどもう少し考えてからにしなさいよ!」
フランドールが発動したのは『禁忌「フォーオブアカインド」』。四人のフランドールが垂直にそびえ立っている様は正にトーテムポールそのもの。
「ねえ、メイド長」
「何かしら?」
「紅魔館の教育はどうなってるの?」
「各々の感性に任せてのびのびと、よ」
中国雑技団もびっくりな四段タワー(各々が頭の上に立っているからきっちりフランドール四人分の高さだ)を見ながら軽く会話を交わす二人。既に笑いを通り越してしまって変に冷静だったりする。
「私の『フォーオブアカインド』は四人に分裂して弾幕を張るスペルなんだけど」
「あははははは、だから何?」
「四人全てが私そのもの、つまり体の一部。なら、私たち四人合わせて身長と言ってもOKよね?」
「――――ッ!」
萃香の表情が驚きに塗りつぶされる。正直全然OKではないのだが、ヒートしている萃香の思考はそこまで回らない。
「ほらほらどうするの息吹萃香? 大人しく負けを認めるなら許してあげてもいいけど?」
「……」
「黙ってるなんてずるいわよ? それとも、もう何も言えない?」
「――鬼神」
萃香の手にはいつの間にかスペルカード。怪訝な顔をしたフランドールの目の前で――
「ミッシングパープルパワー」
巨大な鬼は更に巨大化するのだった。
「……で、結局こうなるわけね」
流れ弾を避けながら霊夢は呆れたように呟く。初めから支離滅裂だった口論は結局決着が付かず、いつしか弾幕ごっこへと発展していた。
「最初から分かっていたでしょう? だからこそ霊夢、あなたは」
「ええ、充電ばっちり。フルパワーよ」
――神技「八方龍殺陣」――
普段とは桁違いの霊力が込められた札が、あっという間に二人を絡めとる。いくら萃香とフランドールが高い能力を持っているといっても、本気の博麗霊夢の結界をそう簡単に抜け出すことは出来ない。
「まったく。言い争うのは勝手だけど弾幕ごっこは他所でやってくれない? 後始末するのは私なんだからね」
身動きの取れない二人へと歩み寄りながら霊夢は言う。
「今ここで争わなくてもあんた達存分に戦えるステージが準備されてるでしょうが」
「? 何それ?」
「第二回最萌トーナメント一回戦第六試合。フランドール・スカーレットVS伊吹萃香、ですよ」
最初の一歩を既に覚えていないフランドールに、咲夜は語るように言う。
「私の聞いた話によりますと身長の高い方が勝つというデータがあるようです。どちらの方が身長が高いかは、結果が示してくれるでしょう」
もちろん根拠の欠片も無い嘘なのだが、この場を纏めるにはちょうど良い言葉には間違いない。
「今ここでケリを付ける必要もないか。覚えておきなさい悪魔の妹。あんたなんかには絶対負けないから」
「その言葉、そのまま返してあげるわ太古の鬼。私のほうが背が高いって証明してやるんだから」
強烈な敵意を込めて睨み合い、示し合わせたように二人は視線を外す。それと同時に結界が姿を消し、
「咲夜、帰ろ」
「霊夢、ご飯にしましょ」
二人は各々の保護者に声をかけた。
「二人共張り切ってるわね……」
「さて、どうなることやら」
ステージでは二人の少女が存分に自分をアピールしていた。よく見ると二人とも精一杯背伸びをしているのが見て取れる。
どちらの身長が高いのか、それは結果が示してくれる。……かもしれない。
永きを生きてる妖怪には見えないなぁ……誰てめぇら
そんなことより誤字が誤字がorz