開いた扉が、重い音を立てて閉まる。
 威厳を示すためという名目で設置された自動扉は、彼の魂にどんな印象を与えたのだろう。
 声も無ければ表情も無い本人からそれを窺うことは出来ない。とはいえ、冥界行きを告げられた彼が恐れを抱いたということはあるまい。

「ふぅ」

 扉が閉まってからたっぷり十秒、肩の力を抜いて溜息一つ。停滞していた空気に波を宿らせる。
 原因のほとんどが自分であるとはいえ、凍りついたように張り詰めた雰囲気はやはり居心地の良いものではない。年がら年中仏頂面をしているなどと勝手なことを言う者もいるが、私とて真っ当な生き物である。疲れもすれば息抜きもする。

「今日の仕事はここまで、と」

 背中の後ろで手を組み胸を張って体を伸ばす。運動不足の体だからか、こんなことでも心地良い。
 ……ここのところ立て込んでたからなぁ。
 後は任せましたよ、と会心の笑みを残して消えていった小町の姿を思い出す。溜まっていた魂は大体運び終えたらしい。突然の大災害でも無い限り、今年はもう忙しくなることは無さそうだ。

「今年も後一週間か。最後まで気を引き締めないとね」

 小町のムラッ気は困ったものだが、年末を迎える前には必ず全ての魂を運んでくる。年末はのんびり過ごすものですよ、とは彼女の談。
 この調子で月末、週末と「必ず」の回数を増やしてはくれまいか。そう最後に告げたのはいつだったろう。思うことすらもう飽きた。
 彼女は気ままな鳥だ。風で導こうとしても飛翔の邪魔にしかならず、ムキになって強風を送れば翼が折れてしまう。
 つくづく、継続的に魂を運ぶ責を追う死神には相応しくない。上司たる閻魔が堅物の四季映姫なのだから尚更だ。そんな中傷ともとれる話が是非曲直庁で時折囁かれているらしい。噂されているという噂、とはどの程度の真実味があるものなのだろう。
 どうでもいいこと。思考から撤去。帰る準備をしようと全開のカーテンに手をかけた。そこで気付く。
 雪だ。このところ割合暖かい日が続いていて縁遠かったためか随分綺麗に見える。今夜は寒くなるだろうし、のんびり雪見酒も悪くない――。

 ――どたどたどた。

 ゆったりとした空気をかき乱すように、慌しく走る音が近付いて来る。極度の静寂と荘厳が支配するここで大きな音を立てられる者はそう多くはない。全ての裁判が終了し、実質的にそこらの建物と変わらない今のような時であっても、だ。
 この場所の意味と意義をよく知っていて尚それが出来るのは大したものだと思う。私にはあんなに完璧な公私の切り替えなど出来やしない。

「走るなと何度言わせれば――」
「めりぃくりすま四季様!」

 乱暴に開いたドアから、満面の笑みを乗せた小町が奇声を上げながら飛び込んできた。
 私の間に合わせの不機嫌面も腹の底から搾り出すような低い声も、彼女には何の効果も無かっただろう。もしかしたら気付いてすらいないかもしれない。

「クリスマスですよ仕事の時間は終わりですよさあさあさあ!」
「五月蝿い黙れ」
「ぎゃん」

 悔悟の棒を頭に落とす。振るった勢いに似合わず音は小さかった。

「つぅ……と、とにかく夜のお誘いですよ四季様。ほらあたいなんかもう待ちきれなくて」

 角が直撃した箇所を押さえながら、もう片方の手が指差す先には星をあしらった髪留め。
 普段の落ち着いた赤珠の髪留めに見慣れていることを差し引いても、掌ほどありそうな星が二つ頭にくっついているのは異様極まりない。こんな格好でこんな所まで来る度胸はさすがだ。何をどう考えたらこんな結論になるのか教えて欲しい。何の参考にもならないけれど。

「随分頭の弱そうな言葉と格好ね」
「そんなひどい」

 死神の象徴たる大鎌も置いてきたらしく、両手を広げてくるくると回る様はあまりに滑稽だ。楽しそうなのは間違いないが、平均の女性を優に上回る身長で行う動作にしてはあまりに幼すぎる。自分自身へと変換してみて――少なくとも外見にはそこまで違和感が無いのが少しだけ悔しい。

「毒も食らわば皿までってやつですよ。四季様もいつまでもそんなもの被ってないで、ほら」

 手には、へにょった赤色のとんがり帽子。先端とふちが白い毛で飾られた、所謂サンタ帽である。

「一人で食ってなさい。私は健康志向なの」
「それでストレス溜めちゃ長生きできませんよ」
「詭弁ね」
「お互い様でしょう」

 小町に引く気が無い以上、私が何を言っても時間の無駄だ。
 ニヤリと笑う小町に溜息を返し、サンタ帽を受け取って被った。鏡が無いので少々不安だが、手で触りながらずれた被り方をしていないことを確かめる。
 つい先程までのそれとは違い随分軽い。

「おー、似合いますよ四季様。普段より三割可愛く見えます」
「……普段はどの程度なのかしら」
「二十四時間見てても飽きない程度?」
「それはどうも」

 糸目にさえ見えるような笑みで下らないことをほざく小町に適当な言葉を返す。
 不満そうな顔をしながら擦り寄ってくる小町に更に適当な態度と言葉を返しながら、静かに降り続ける雪をカーテンで遮った。帰る準備完了。

「じゃ、行きましょうか」

 言いながら、私の返事を待たずにドアへと歩き出す。後頭部に隠れた表情は見えないが、声色から察するに間違いなく笑顔。

「どこへ」
「行ったでしょう? 夜のお誘いですよ」

 肩越しに振り返れば、想像通りの笑顔がそこに。
 一寸違わず思い浮かべられるほどに見てきたその顔は、いつも通りに私の網膜へと焼き付けられた。

「どうしようかしら」
「今日は私の奢りですよ? 美味しいお酒と豪華な食事と可愛い私は全部四季様のもの」
「それはありがたいわね。準備に奔走した小町を縛り付けて食べる食事はさぞかし美味しそう」
「うわあ」

 あんまりだー、とはしゃぐ小町を見ながら、肩から力が抜けていくのを自覚する。
 一人で居てもヤマザナドゥが抜け切れない私は、小町と共に居る時にだけまっさらな映姫になれる。
 それは多分とてつもなく素敵なこと。けれど礼など言う気は無い。もしかして偽者ですか、そんな言葉と共に本気で心配されるだろうから。

「ほら、さっさと行くわよ。今夜は寝かせないんだから」
「はいな」

 よーい、どんで走り出す。不意のことに対応出来ず遠ざかった足音は、十メートルかそこらで隣へと戻ってきた。やはり運動不足は深刻。年を越す前に解消しておかねば。

「それにしても」
「はい?」
「珍しいわね、小町の奢りなんて。明日は地震かしら?」

 くすりと笑った小町は、

「それ、去年四季様が私に言った言葉ですよ」

 去年の私と瓜二つだった。



結局間に合わなかったクリスマスイブSS。所要時間は半日くらい。
ネタの大本は某J-POP。邪魔、かつ映姫のイメージが出来上がらなかったのでばっさり削りましたがメジャーなので分かりそう。
どう見てもやりすぎました。あれこれ語るのも無粋なので黙っときましょうかね。