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 八月も後半になると、夕方の風からはゆっくりと秋の訪れを自覚できるようになる。
 騒がしすぎて休む暇もなかった夏が過ぎ去っていくのが目に見えるように感じられるけれど、夏はまだ終わらない。夏を締めくくる最後のイベントが残っているから――。



 時刻は二時。まだまだ強烈に自己主張をする太陽から逃れるように、彼女はいた。
 中庭の椅子の下の小さな日陰。
 人間にとっては何の意味も持たない小さな小さなスペースは、彼女だけの楽園のようだ。
 以前寝ている所を起こしてしまい、しばらく見向きもされなかったのを思い出す。
 俺はそっと覗き込み、起きていることを確認してから、言った。

「レン、一緒に夏祭りに行こう」








夏祭り









 約束の時間はもう過ぎている。待つことは嫌いではないのだけれど、どんどん沈んでいく太陽が俺を急かしてくる。あまり遅くなるようだと、祭りに間に合わなくなってしまう。

 それにしても何をやっているのだろう? 随分前に屋敷の中に戻ったようだけど――

「お待たせしましたー!」

 俺の思考を吹き飛ばすような琥珀さんの声。って、何故に琥珀さん?

「どうしたんですか? 琥珀さん…って何やってるんだレン」

 何故か顔だけ出して琥珀さんの後ろに隠れている。そのまま屋敷の中に戻ろうと琥珀さんを引っ張っているらしく、琥珀さんが少しずつ後退っていく。

「レンちゃん、せっかく志貴さんが誘ってくれたのに行かないんですか? それなら代わりにわたしが――」

 後退りがぴたっと止まる。不安そう顔で、琥珀さんを見上げている。

「……」
「大丈夫。わたしが保証しますよ」

 頻りに視線を泳がせている。あまり時間は無いけど、急がせるのは悪いような気がするのでじっと待つ。

「……」

 大きく深呼吸をした後、すっと琥珀さんの横へ出た。顔はサウナの中にいたように上気している。俯いているため、表情を窺うことはできない。

「――――」

 意表を突かれて、言葉を失う。何かを言おうとは思うのだけれど、頭の中がグチャグチャになっていて何も出てこない。

「志貴さん、駄目ですよ黙ってちゃ」

 どこか楽しんでいるような琥珀さんの声に、俺ははっとして言った。

「よく……似合ってるよ、レン。本当に」

 いつもの黒一色のコートとは違った、鮮やかな空色の着物。
 夕陽を思わせるような、茜色の帯。
 彼女特有の大きなリボンに纏められ、ポニーテールにされた髪。
 どうやら琥珀さんの手によるらしいそれらは、いつもとは全く違う印象を俺に与えてくれた。

 何て言うか、可愛い。普段の四倍増くらい。真っ赤になって俯いた顔が余計に可愛く見せているような感じ。
 てっきりいつもの格好で来るとばかり思っていたものだから、意外性も抜群だった。

「……」

 おずおずと顔を上げる。その表情からは、戸惑いや羞恥が色濃く見て取れた。
 俺はしゃがんで視線の高さを合わせて、そっと頭を撫でながら言った。

「嘘じゃないって。本当によく似合ってる。レンと一緒に祭りに行けて幸せだ、って心から思える程にね」

 レンの顔がますます上気していく。それと同時に表情から硬さが取れていく。


 十分に硬さが取れてから、俺は撫でていた手をレンの前に差し出した。

「さあ、そろそろ行こうか、レン。お祭りはいつまでも待ってはくれないからね」

 夕陽はこちらのことなどお構いなしに沈んでいく。時間に余裕を持って待ち合わせていたものの、もうあまり余裕は無い。
 俺の顔と差し出された手を交互に眺めること数度。少し視線を下げながら、レンは俺の手を取ってくれた。

「それじゃあいってきます琥珀さん。あまり遅くならないうちに帰ってきますから――ってあれ? 琥珀さん?」

 影も形も無かった。どうやら俺たちのためにそっと屋敷に戻ってくれていたようだ。

「敵わないな、全く」

 苦笑した俺の意味が分からなかったらしく、レンは首を傾げていた。









 気分良く神社へと続く石段を登る。もう少し前なら汗をかいてしまうような長い石段は、少し涼しくなってきた風の前にはあっても無くても同じこと。
 上っていく途中で見かける人たちも、祭囃子に誘われて楽しそうに石段を登っている。

「……」

 好奇心いっぱいに辺りを見回しながら、レンは少し足早に石段を登っていく。足元に気をつけないと危ないぞ、などと思う俺はやっぱり過保護なんだろうか。
 娘を想う父親はきっとこんな感じなんだろうな、なんてよく分からないことを思いながら、レンに引っ張られるように石段を登った。


 石段を登りきると、そこは別世界だった。
 溢れんばかりの人。自分の声も聞こえなくなる程の人の声。たくさんの屋台から漂ってくる、食欲を刺激する香り。
 夏の終わりを寂しがり、盛大に締めくくろうとする人々が集った祭りは、独特の雰囲気に包まれている。

「……」

 俺の手を引っ張る、引っ張る。どうやら、祭りの雰囲気が大層気に入ったようで。

「そうだね、早く行こうか。はぐれちゃいけないから、手は離しちゃダメだよ」

 花火まではまだ時間がある。できる限り多くの屋台を回って、できる限りたくさん楽しもう――。








「レン、それだけ破れたらもう金魚掬えないって」
「……」
「おーい、レンー」
「……」
「……すみません、ポイもう一つお願いします」

 金魚掬いをやった。夢中になって、破れてしまったポイで掬おうとする姿が可愛かった。


「そうそう、そこからよく見て。銃の先があのぬいぐるみにぴったり合うようにして、引き金を引くんだ」
「……」

 ぽんっ

「大当たりー! やるねぇお譲ちゃん。はいよ、こけしだ」
「……」
「えーっと……おめでとう、かな?」

 射的をやった。狙っていた物と全然違う物に当ててしまって、困ってしまった顔が愛しかった。



「……」
「レン、そんなに急がなくたってまだ時間はあるって」
「……」

 くいくい。

「分かったよレン、分かったからそんなに手を引っ張らないの」

 普段の何倍もはしゃいでいる様子を見て、来て良かったと心から思った。








「あ、三連発。……今度は五連発だ」

 色取り取りの花火が花開き、消えていく。この日のために作られ、一瞬の煌きに全てをかける花々が、俺たちの目の前で次々と咲き、散っていく。

「……」

 俺の隣では、レンがさっきまでとは打って変わって、どこか儚げな雰囲気をたたえて花火に見入っている。
 手には、金魚とまだ買ったばかりの綿飴。

 俺も空に目を戻す。ちょうどクライマックスを迎えたらしく、一つ一つを見ていられない程の数の花火が空を埋め尽くしている。




 花火の群れは、やがてその数を減らしていき、ついには途絶えた。色取り取りの色と音で飾られていた夜がその装飾を失い、闇に戻る。

「……」

 もう花火も終わり、ただ暗いだけの空を、レンは身じろぎもせずじっと見つめている。
 ――そう思ったが、どうやら違うみたいだ。
 レンの瞳は空を映し出しているものの、レンの目は空を見ていない。レンが見ているのは――

「楽しかったな、今年の夏は」

 ゆっくりと俺の方を向く。嬉しいような寂しいような微妙な顔で頷いた。そして、また視線を空に戻す。

 レンと同じように、俺も空を見上げた。所々に星が瞬く夜空をバックに、たくさんの思い出たちが蘇ってくる。
 何気ないはずの日常も、振り返ってみると大切な記憶。どれもこれもが輝いていて、忘れることなどできそうも無い。
 今日という日も、また大切な一ページになる。今日という日は、明日になればもうやってこないのだから。





 どれくらい見上げていたのだろうか。ふと気が付いた時には、もう辺りに人の姿は無かった。
 レンは、相変わらず空を見上げている。放っておくといつまでもそうしていそうな気がして、俺は声をかけた。

「レン。そろそろ、帰ろう。あまり遅くなると、みんな心配するしね」
「……」

 軽く手を引っ張ってみても、レンは動こうとしない。

「……レン?」
「……」

 また空に視線を戻す。思い出の中へ帰っていこうとする。だから、俺は――

「レン。明日は何をしようか?」
「……」

 驚いたような視線がこちらを向く。

「夏が終わったら、次は秋。その次は冬で、その次は春。夏が終わっても、のんびりしてる暇なんて無いんだ」
「……」
「もっともっと、色々なモノを見せてあげるよ。やりたいことをさせてあげるよ。思い出に浸るのは、それからでも悪くないだろう?」
「……」

 こくん、とはっきり頷いた。少し、嬉しそうだった。








 二人で、あぜ道を歩く。辺りに人の姿は無い。、
 肌を撫でるは、爽やかな風。耳に響くは、虫たちの声。
 もう、騒がしい夏の雰囲気はほとんど感じられない。穏やかな秋の雰囲気が、俺たちを包んでいる。

 何気なく足を止めて、大きく深呼吸をした。秋の風が肺にまで染み渡り、祭りの匂いを分解していくのがはっきりと分かる。
 肌で、耳で、肺で新しい季節を感じ取る。自然と一体になったような、そんな錯覚じみた感覚が俺の心を自然と穏やかなものにしていく。

 賑やかなのも好きだけど。こういうのも――

「……いいなぁ」
「……?」

 口の中で呟いたつもりだったけど、レンに聞こえていたみたいだ。微かに首を傾げている。
「独り言だよ、なんでもない」

 再び歩き出そうとする。ふと、視界の下の方で白い何かがちらついた。

「綿飴……?」

 レンの綿飴だった。まだ四分の一ほど残っている。

「もしかして、くれるの?」

 頷く。屋台で結構色々食べていたから、食べきれないのだろう。

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」

 レンの手から綿飴を受け取る。
 意味も無く割り箸をくるくると回転させて、かじる。かじる。かじる。
 三口で完食した。口の周りに付いた砂糖を舐め取ると、夏の名残は完全に姿を消した。








 夏という名の舞台は、その幕を下ろした。
 明日からは、秋の幕が開く。
 その次は、その次は――。
 考えただけでもわくわくしてくる。
 暑くても寒くても、きっと幸せな毎日が待っているんだろう。

「な、レン」
「……?」

 キョトンとした視線を向けてくるレンの手を引き、走り出す。何となく非難されているような気配がびしびしと繋いだ手越しに伝わってくるけど、今日の所は我慢してもらおう。
 思わず叫びだしたくなるような高揚感を胸に秘め、どこまでも走っていく。
 俺たちの日常が終わりを告げるその時まで、ずっと――。












後書き! 知得留先生


「季節外れの夏祭り、これにて終了です。いかがでしたでしょうか?」

「どうでもいいけど、なんで今更? しかもこんな季節」

「それは作者が歌月十夜をプレイしたのがつい最近だからですね。夏祭りにレンちゃんがいなかったのが不満だったとか」

「つまり作者はロリコン?」

「そこら辺については否定しているようですが」

「自分自身も騙せない嘘をつくなと誰かが言ってた様な気がするにゃ」

「まあ作者の趣味は横に置いておくとして。レンちゃんの夏祭り以上に不満なのが弓塚さつきさんのシナリオが無いことだそうで」

「まあこればっかりはTYPE-MOONさんを応援するしかないにゃ。絶対何らかの形にする、と言ってたぞ? 志貴が苦しむのは見たくないし、あちしも応援するにゃ」

「私だって応援しますよ。吸血鬼になった者の苦しみは良く分かりますからね。あなたがロアに血を吸われたりしなければあんなことにならずに済んだんですけどね」

「あの頃のあちしは純真なお姫様だったんだから仕方が無いにゃ。それに今回のロアは琥珀が何もしなかったら一生地下牢にいたはず」

「……あまり下手なこと言ってると、彼女のファンに闇討ちされますよ」

「む。それは勘弁にゃ。無駄に襲われるのはストレスの種。美容の敵。早く彼女のシナリオが発表されれば、こんな話もしなくて済む。早いとこ頼むぞ、TYPE-MOON」

「メーカーさんに失礼な口を聞くのは止めなさい。まあそれは置いておくとして、私からもお願いします。早く作って下さいね、TYPE-MOONさん」

「ん? 本当にいいのか、知得留? 彼女は五位まで上がってきているのだぞ?」

「べ、別に私には何も――」

「さっちん、シナリオ出現で人気鰻登り。翡翠もこのままじゃ終わらないような予感だぞ? 他にもレンとかシオンとか色々いるし。もし次の人気投票があったら、順位が上がったとか言って浮かれてたどっかのカレー女はどこにいくのかにゃ。あー楽しみ。あちしは特等席でじっくりと眺めているとしようかにゃ」

「あ、あなたの特等席なんてどこにもありません! 次があったら私は一位に決まってます!」

「そういえば人間の言葉に弱い犬ほどよく吼えるっていうのがあったけど、その通りみたいだにゃ。悠然と構えてるあちしとは雲泥の差。格が違うにゃ、格が」

 しゅっ

「うにゃっ」

「ふう、化け猫退治完了。ちょっとだけ人気があるからって、偉そうな顔されちゃたまりませんね」

「チエル暴力ー! チエルメガネー!」

「ちっ、もう復活しやがりましたか。……おっと、化け猫に時間を盗られたせいで、もう終わりの時間が来たようです。ほら、アルクェイド」

「ここまで読んでくれたみんな、ホントにありがとにゃのよー」

「それでは、またの機会にお会いしましょう。知得留でした」

「次はわたしが主役だといいけど。フォータイムスチャンピオン、アルクェイド・ブリュンスタッドでした。みんな、またねー」 

「なッ、アルクェイド、どうしてあなた人型に……!」

「何くだらないことにこだわってるのよ? あーあ、せっかく綺麗に締めようって思ったのに台無しじゃない。どうしてくれるのよ知得留」

「おいしい所だけ持っていこうなんて、絶対に許しません! さっさと失せなさい、このあーぱー吸血鬼ッ!」

「はいはい。じゃあ帰ってあげるわよ。これ以上いたらバカがうつっちゃうしね」

「……セブン、来なさい。この能天気にお灸を据えます」

「へえ、やる気なんだ? 何度やっても勝てないって分かってる相手にケンカ売るなんて、本当にバカね」

「二度とその減らず口を叩けないようにしてあげますよ、アルクェイド」

「あーあ、面倒臭いなあ。志貴の所に遊び行こうと思ってたのに」

「消えなさい!」



 おしまい

 お読み頂いた皆様、ありがとうございました。さっちん、待ってるぞー