春の女神と魔法使い

 遡ること幾年月、光紗がIllnetを考え出したのが運命の始まり。具体的な時期は不明。

>それは、精神と肉体の分離が発見されて───

 ホシミ2-A、シェリー戦前のツバサの台詞。その後の会話を考えると発見者は光紗ではなさそうだ。
 普通に考えれば医療関係者だろう。そのニュースを聞いてIllnetへと結びつける発想は正しく魔法使いである。

 そして、光紗が沙羅を作り出したところで運命の方向が確定する。

>この子、暴走しているの。感情表現を豊かにするために、自分が人間だと思い込まされて……それで、矛盾が……。

 羽板6-C、沙羅戦直前のさくらの台詞。
 沙羅は生まれた瞬間から暴走することを運命付けられた存在だったのだ。敬愛する光紗が最低な研究者であったために。

>先生はIllnetにバニシングゴーストのような危険が潜んでいることを知ってたと思うの。
>自分が危険な目に遭うことをあらかじめ知ってたとしか思えないよ。


 西條4-C、ステージ開始前の真悠の台詞。
 正確にはIllnetに、ではなく沙羅に、である。沙羅がどういう存在であるか知っている以上、苦しんで暴走して大変なことをしでかす可能性を考えていないはずが無い。さすがにバニシングゴーストは想定の範囲外であったようだが。
 そうして意識しないまま光紗を(ほぼ)殺害してしまった沙羅は、やはり意図しないままIllnetの中へと放り出されてしまう。そして寂しさから疲弊していき、10年の月日を経て事件の引き金を引く。
 一応実行犯である沙羅に全く非がないかと言えば難しいところではあるが、99%以上は光紗に非がある。

>光紗は、沙羅を自分の実の娘であるかのように扱っていた。

 マニュアル、キャラクター裏設定の光紗の項より。
 所詮は「ように」である。
 どこまでも研究者だった彼女にとっては、沙羅はあくまでも研究対象で製作物に過ぎなかったのだろう。

>さくらが拒否した理由については、本ゲームのシナリオの根幹となっている。

 マニュアル、キャラクター裏設定のさくらの項より。
 ここまで記してきたように、事件の原因は光紗が沙羅を暴走するように設計したことである。
 それとさくらが「拒否した理由」に何の関係があるのだろうか。

>あのとき……。私があなたを壊してしまったこと、怒ってる?
>なあ、さくら。オレは、お前がユキの時のことをそんなに気にしていたなんて、知らなかった。


 それぞれ、羽板6-Cユキ戦(さくら単独)直前のさくら、慎也Cエンドの慎也の台詞。
 さくらがAHの研究を頑なに拒否した理由はユキを壊してしまったことで間違いない。

 ユキの改造に失敗する前は、AHに対するさくらの認識は慎也と大差無かっただろう。たとえ改造に失敗しようと、人工物である以上必ず直すことが出来ると、そう思っていたはずだ。
 しかし、AHCを無茶に弄られたユキは誰の手を以ってしても助けることが出来なかった。

>今でも覚えてるよ。動かなくなったときのあなたの顔を。

 羽板6-C、さくら単独のユキ戦開始直前のさくらの台詞。
 これを機に、AHと人間の境界が無くなっていく。AHもまた、人間と同じなのだと。
 それ故、さくらは西條姉妹ですら果たせなかった沙羅の説得に成功する。それは、人とAHの新しい時代の始まり。

 運命の方向を決定付け、時代を作ったのは2人の天才。共通していたのは、人間とAHの境界が常人と全く異なっていたこと。
 片や非情に高く、片や異常に低いと両極端ではあったものの、だからこそ時代を作るようなコトが出来るのだろう。
 というわけで、物語の根幹は「人間とAHの境界」ではないだろうか。

 以下、蛇足。

 AHはAHCやコアを傷つけない限りかなりの重傷でも治療できるようなので、羽板兄妹はその時点でAHCの改造を行えたことになる。

>AHCは、完全にブラックボックスになってるから、わたしたちでも内部を知ることはできないのにね。

 ホシミ3、ステージ開始前のツバサの台詞。シェリーのプログラムを一瞬で解析するホシミ姉妹でさえ、AHCは手の届かない物なのだ。
 結果として壊してしまったのだから「行えた」と称するのは正しいことではないが、羽板兄妹の凄まじさを物語るには十分である。
 尤も、父親もプログラマであるらしいのでそこからAHCの知識を得た可能性も無いではないが。

>そうは言っても、よく研究所にも顔を出しているしさくらのプログラムの腕は、みんな良く知ってる。
>ごめんね……。あとで、私が直してあげるから……。


 それぞれ羽板1、ステージ開始前の慎也、ミア撃破後のさくらの台詞。
 さくらはプログラミング自体は特に抵抗無く続けているらしい。また、AHの内部に触れられないということも無いようだ。
 それなのに研究員になることを拒否したのは、AHの研究≒AHCの研究であるためではないだろうか。
 生身の人間に(ましてや脳に)改造を施せる人間などほとんどいない。それと同じ意味で、AHと人間の境界が無くなったさくらにAHCの研究が出来るはずがない。1度死なせてしまう経験をしているだけに尚更。