パチン、とスイッチが入るように頭が覚醒する。
 何ら特別なことでも無い、いつものこと。まどろむ、なんて無駄なことをするのは人間だけだ。活動に支障をきたすほどの眠気があるのであれば、人間以外は大人しく二度寝を決め込む。その方が体にも時間にも良いのは言うまでもない。
 私から見れば本当に僅かにしか生きられないくせに、人間の生き方には合理的という言葉が全く当てはまらない。
 ほんの少し前までは愚かだと一笑に付していたのだが、最近になって少しずつ変わってきていた。
 原因は人間と魔女の境目にいるような魔理沙と、そして――



 トントントンッガチャ!
 慌しいノックもそこそこに、上海が部屋に飛び込んできた。嬉しいと怖いをごちゃ混ぜにしたものを叩き込まれたようで、酷く落ち着きが無い。

「こんな朝早くから元気ね。何かいいことでもあった?」
 私の言葉はどちらかと言わずとも皮肉である。だが、相手はそんなことには完全に無関心。とにかく、自分の思っていることを言いたくて言いたくてたまらないらしい。
『よく分からないけど、花がいっぱい咲いてるの!』
 その言いたくてたまらないことは、完全に私の想定の範囲外。別段驚くべきことでもなく、極普通のこと。

「花? 春なんだから咲くでしょうに」
 もう随分と暖かくなってきている。春を告げる白百合も見かけたし、神社での宴会が頻発し始めるのも時間の問題と言える時期である。
 ああ、そういえばワインの貯蔵は十分だったろうか? 後で確認しておかないと。

『そんな問題じゃないの! いいから見てみて、ねえマスター!』
 そんなことを言いながら、私のドレスの裾をくいくいと引っ張ってくる。所詮は人形、私を動かすほどの力はないし、放っておいてもドレスが破れてしまうこともない。
 だがしかし、ここまで見せたがっている何かを見てやらないという行為は親同然の身としては許されない。
 そんなわけで、裾を引っ張る我が子を蹴飛ばしてしまわないように少しばかりの注意を払いつつ、窓のカーテンを一気に開く。ほぼ一瞬で、この子がこんなにも落ち着きをなくしている理由を理解した。

「あら、本当。花だらけね」
『でしょ!? どうしちゃったのかな、また誰かが悪さしてるのかな!? でもでも、こんなに綺麗なんだからちょっとくらい悪いことでも――』
「ちょっと落ち着きなさい。原因はちゃんと分かってるんだから」
『え? マスター、何か知ってるの?』
「ああ、そっか。上海は見たことないのよね。うーん、それじゃあ……」

 今日一日、ゆっくり羽を伸ばすのも良いだろう。ついでに、魔術用の花を摘んでおけばこの機会を無駄にすることもない。
 そんなことを考えている自分が可笑しい。つい笑ってしまいそうになるのをこらえる。
 少し前までは無駄だ、とか無駄でない、とかいうことを考えること自体が考えられなかった。無駄なことなど絶対にしようと思わなかったから、考える必要が無かったのだ。

「今日はみんなでピクニックに行きましょう。みんなに伝えてきて」
 分かっている。思考だけでなく、私という存在そのものが人間に近寄っているということを。そして、私のどこかがそれを快く思っていないということも。
 だから、懸命に判断を正当化しようとする。無駄なことなど何一つしないのだと。無駄だらけの愚かな人間とは違うのだと、そう思い込もうとする。

『…………え?』
「あら、嫌だったかしら? 偶にはあなたたちも遊びたいでしょ?」
 でも、それは無理なことなのだ。私の周りには人間が多すぎる。朱に染まれば赤くなるのは当然のこと。
 そして、何より。

『…………うん! ありがとうマスター!』
 人間よりも人間らしいこんな娘がいたら、私が相応の親になってしまっても仕方が無い。
 よく笑い、よく怒り、よくおねだりする。そんな子に育ったのが魔理沙の影響だということは少なからず悔しいが、口に出すともっと悔しいので私の中だけに留めておく。

 かつての私の未来は、どこまでもまっすぐな一本道だった。私はずっとその道を歩いてきたし、ずっとその道を歩いていくのだと疑わなかった。
 今の私の未来は、私にさえ全く見えない。無数に枝分かれした道は、どれも濃い霧に覆われている。
 私は手探りで道を選び、少しずつ前へと進んでいく。それは、少しばかり不安だけれども。
 まあ、きっと何とかなるだろう。
 私には多種多様な知り合いと、道具から家族へと姿を変えた人形たちがいるのだから。

 そんなことは今はどうでもいい。今日は久方振りの休息だ。
 ありもしない疲れを全部吹き飛ばし、鋭気を養ってくるとしよう――











 後書き
 よく考えなくても、森には花は咲かないはずです。分かってます。多分マーガトロイド亭には大きな庭があったりするんですよ。そこに花が咲いてたんですよ。そういうことにしてください。
 よく考えると、アリスが60年前を知っている可能性は薄そう。怪綺談Exで幻想郷に来たらしいので、まだ幻想郷に来てから数年のはずなんですよね。
 その辺はスルーしてください。お願いします(汗)


後書きを書いていたせいで特に語ることも無く。
アリスのキャラが割と変です。もしくは今より少し前。