たくさんたくさんの花がさいてるっていうお話を、図書館のおそうじに来たメイドさんから聞いた。

春の花も夏の花も秋の花も冬の花もみんなみんな満開で、それはもうきれいなんだって。

そのメイドさんに覚えたばかりの花言葉をいくつか教えてあげると、小悪魔はすごいねって頭をなでてくれた。

少しくすぐったいけど、とっても気持ちいい。

その後で、メイドさんは言ったの。

せっかく花言葉を知ってるんだったら、誰かに花といっしょに気持ちをプレゼントしてあげたらどう、って。

それはすっごくステキなことだから、わたしはうんってうなずいた。

プレゼントする相手は、いつもご本を読んでるわたしのご主人さま。

花言葉をつかって、こっそりわたしの気持ちを伝えちゃおう――

















「パチュリーさまー、外はお花が満開ですよー」

 パタパタと羽音を響かせて、小悪魔は本を読んでいるパチュリーに声をかけた。手には四季とりどりの花。色の無い図書館の中にあると、その鮮やかさはまるで別世界のようである。

「へぇ」

 小悪魔の言葉に対し、パチュリーは本に向けた視線を外そうともしない。格別本が面白いわけでも機嫌が悪いわけでもなく、それが彼女のスタンダードなだけ。
 そのことは当然小悪魔も知っているから、気分を害するようなこともなく喋り続ける。

「休憩時間に色々摘んできたんですよー綺麗でしょう?」

 ちょうど本の内容が一区切りついたところで、パチュリーは視線を声の方へと向ける。
 一体何を摘んできたのかと胸に抱えた花を見やり、

「朝霧草とエリンギウム。大紫に……ゼラニウムかしら」

 ほんの僅かに顔を顰めた。

「むー、さすがですねパチュリーさま。そうそう、花瓶を借りてきたので活けておきますねー」

 パタパタ音が去っていく。その背が見えなくなる寸前に、パチュリーはぼそりと呟いた。

「好きになさい」

 別に私には関係ないのだから、と。その声には、呆れと戸惑いが色濃く現れていた。





「それにしても、何を考えているのかしらあの子」

 パチュリーの本のすぐ隣。やや大きめの白い花瓶には、溢れんばかりに花が詰め込まれている。

「……何も考えていないんでしょうね」

 その様はお世辞にも品が良いとは言い難い。
 少しでも花の心得がある者なら苦笑するか、もしくは別の花瓶を持って来て活けなおそうとするかもしれない。

「もう少し後先を考えて動きなさいっていつもいつも言っているのに」

 朝霧草、エリンギウム、大紫、ゼラニウム。
 常識的には一堂に会することは絶対に無い花々である。何しろ咲く季節が違う。
 その絶対を覆したのは、六十年に一度の幻想郷の開花であった。
 四季も温度も関係なく花という花が咲き誇るだけの、見た目に分かりやすく害のない自然現象。

「パチュリー様、紅茶をお持ちしました」
「ご苦労様」

 種族人間のメイド長、咲夜もまた分かりやすい異変に振り回された一人である。
 律儀に職務を片付けてから館を飛び出し、幻想郷中を駆けずり回った挙句放っておこうと結論をつけていた。

「あら、季節もへったくれもない花瓶ですこと……パチュリー様がお摘みになられたのですか?」
「そう思う?」
「いいえ」

 パチュリー・ノーレッジが花を摘む。その姿は、咲夜にはどうしても想像できなかった。
 どれくらい想像できないかというと、主であるレミリアが自分で紅茶を淹れるくらい想像できない。

「誰かが摘んでここに持ってきた、と。大紫とゼラニウムは庭に生えているけど、朝霧草とエリンギウムはこの近くじゃあまり見かけた記憶が――」
「余計な詮索はしないの。誰が何のために摘んだかなんて、あなたには関係ないでしょう」

 形の良い唇に手を押し当てて思考の海に沈もうとしていた咲夜を、パチュリーは力尽くで引き上げた。
 咲夜が解答に至ったところでパチュリーが困るわけではない。だが、メリットも無い。

「そうですね、確かに私には関係の無いことです。どこぞの白黒じゃあるまいし、好奇心だけで藪に首を突っ込む趣味はありません」
「賢明ね」

 咲夜はトレイをお腹に当てるように両手で持ち、一歩後ろに退く。
 それを見ながら音も無く紅茶を啜るパチュリーに、咲夜は楽しげに言葉を投げた。

「その花瓶ですが、今朝の段階では倉庫にあったのをこの目で確認しています」
「なっ――!? 咲夜、あなた――」

 パチュリーは慌しく音を立て、椅子から立ち上がっていた。目を軽く閉じ、いかにも涼しげな表情の咲夜とは対照的である。

「それらの花が選ばれたのに理由があるのは、パチュリー様もお分かりのようですね。専門知識を土台に、とある目的に沿うように明確に選定されています。この紅魔館にその知識を持ち得る者は数えるほどしか居りません。加えて、今朝からメイド総出で――」
「土水符ッ!!」

 何の前振りも無く、咲夜の声を遮るように怒鳴る。ついでと言わんばかりに一枚のカードを天に向けて掲げていた。
 カードを中心に爆発的に魔力が生まれ、込められた術式が一瞬で展開。瞬く間に一つの魔法が完成する。
 それは世界を無に還す激流。砕き、貫き、全てを塵にする、暴力的な神の洪水。

「ノエキアン――まったく」

 その瞬く間さえ、時間を僕とする咲夜には十分すぎる執行猶予。数枚のトランプだけを残し、咲夜は既にパチュリーの攻撃範囲から姿を消していた。
 パチュリーは発動しかけた呪文を霧散させる。模様も色も失った元スペルカードは、その辺にぽんと放った。

「性質の悪い猫に知識を持たせるのは危険かもしれないわね。今度レミィに言っておこうかしら」

 やれやれと椅子に座りなおし、紅茶を少し口に含む。見事な味と香りだった。

「花瓶、早いところどうにかしないと面倒なことになりかねないわ……。とはいえ、勝手に捨てちゃあの子が泣くだろうし」

 パタパタと未熟な羽を羽ばたかせ、本の整理に精を出す小悪魔の姿を思い浮かべた。
 人間である咲夜よりも悪魔である彼女の方がよほど従順とは一体どういう皮肉なのだろうと、パチュリーは思う。

 朝霧草、エリンギウム、大紫、ゼラニウム。
 それらが表す花言葉は、慕う心、秘密の愛情、美しい人、君ありて幸福。

 ちょうど四季の花が満開で、理解してもいないのにそれらしい言葉の花を探して集めて来たに違いない。
 花瓶に活けるべき量など考えずに大量に、パチュリーが花言葉を知っているという大前提さえ考えずにストレートな言葉ばかりを。

「私はとりあえず知らないフリを貫くとして。あの猫メイドには少し灸を据えないといけないわね」

 花の異変に右往左往してから、少し咲夜の態度が違うことには気付いていた。自分とは関係の無いことだろうと放っておいたが、もうそう悠長なことは言っていられない。
 パチュリーは残っていた紅茶を飲み干すと、ありったけのスペルカードを身につけて席を立った。風の魔法を展開し、わずかな音と共に図書館を後にする。

 目標は十六夜咲夜。目的は狗根性の叩きなおしである。




「ふんふふんふふーん♪」

 図書館の奥の方で、小悪魔は一人本の整理を続けていた。
 その表情は明るい。外に咲いている花を全部集めたような、そんな鮮やかな明るさだった。





















 後書き
 小悪魔ちゃん、七歳。みたいな?
 もうしばらくすると悪戯したいお年頃になり、それからもうちょっと経つと落ち着いた物腰を身につけるんではなかろうかと妄想しております。


すっかり忘れてましたが、悪魔って多分成長しないですね。よって存在し得ないIF。
ストーリーの都合で性格はおろか年齢までごっそり弄ってしまいました。
どんな役でもこなしてくれるありがたい存在ですが、頼ってるようじゃ駄目駄目ですわー。