軋む存在、磨り減る心

 Illnetにおける最大の事件を引き起こした沙羅。その動機は明確には語られていない。
 だが、沙羅の状態と各双子の沙羅との会話を見れば自ずと全貌が見えてくる。

>ほんとうは……寂しかっただけなんだよね……。

 ホシミ6-C、沙羅撃破後のマイハの台詞。
 バニシングゴーストって結局何?で記したとおり、光紗を探すために事件を起こしたのは間違いない。
 その動機はマイハの言う通り……ではない。これではせいぜい5割である。

>あなたはとても優秀なAHでしょ? 分かるよね、自分がAHだってこと。

 羽板6-C、さくら単独の沙羅最終決戦の前のさくらの台詞。
 Drive-OUTする必要が無いこと、バニシングゴーストのような神がかった能力を有していること、エトセトラ。
 あまりに人間とかけ離れていることに、自分がAHであることに、沙羅は気がついてしまったのだ。とても優秀なAHであるが故に。

 が、沙羅は自分のことを人間だと思い込まされている。誰が言った訳ではなく(勿論光紗は言い続けていたが)、AHCの最深部に刷り込まれているのだろう。
 理性が導き出した答えと体の芯が叫ぶ答えのズレ。
 自身が人間であることに強い拘りを持っている(自身がAHを作り出せるだけに、AHを格下と見ている)ことが随所で窺えるだけに、その葛藤は相当なものだっただろう。
 だからこそ自分を人間であると認めてくれている唯一の存在――光紗を、どんな手を使ってでも探し出したかったのだと思われる。

 気になることが1つ。

>でも、制御には、まだバグが……。
>じゃあ、その制御のバグを直せれば……。
>バグの修正を待っている間にも……たくさんの人が……きっと……バニシングゴーストの犠牲に……。


 西條6-C、2人で特殊ワームを撃破した後の光紗と悠莉の台詞。
 沙羅の感情が暴走するのはアイデンティティのズレに起因するもので、バグというよりは構造段階での欠陥である。
 が、光紗はそうは思っていないようだ。この方向のまま改善を重ねればどうにか出来ると思っているらしい。
 実際のところどうなのかは不明。あまり出来そうな気がしないのだが……。

>うん。ママ。

 さくらCエンド、沙羅の台詞。
 自分のことをAHと認識しているからといってマスターのことをママと呼んでいけないことはない。
 ここでの沙羅のAHCがどういう構造をしているかは不明。
 が、このCルートでは真夜がいる。

>おいおい。刀なんか持ってるAHなんて、初めて見るな。
>これは、わたしには必要なものさ。

 西條3、真夜戦前の悠莉と真夜の台詞。
 真夜が自分を人間と思い込んでいることはありえないため、AHCの性能や基本構造はどうあれ質は根本的に違う。
 沙羅の知識が光紗の資料から得られたものであるとはいえ、作り手すら違うAHCが同じものであるはずが無い。
 その真夜のAHCを参考にしつつ改善を施していくのだから、必然的に沙羅のAHCも真夜のものへと近づいていくだろう。

>正と負の感情の両方を実現することで、「理性」を形成するという理論です。
>この理論を基にすれば、いずれは、あのときの沙羅の完成版が出来上がるはずである。


 同じく真夜がいる慎也Cエンドより。
 こちらでは確実に自分を人間と思い込ませるという手法は取っていない。恐らく真夜のAHCもこういった構造になっているのだろう。
 「はず」なのが怖いところであるが、やはり人間と思い込ませるという光紗の発想そのものが間違っているのではないか。